非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

二項の言葉と一項の言葉

2-Place and 1-Place Words

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昔のパルプ雑誌の表紙に、大きな目の怪物(BEM)が破れたドレスの少女をさらう絵が描かれていたことについて、以前に話した。そして、セクシーさが、それを魅力的だと感じる者に依存せず、セクシーな存在に固有の性質であるかのように、人々が考えることについても。

「もちろん、大きな目の怪物は、自分の種の雌より人間の女性を好むよ」と、その絵描き——フレッドと呼ぼう——は言う。「人間の女性には、ぬるぬるした鱗ではなく、柔らかく心地よい肌があると見ればわかる。宇宙人かもしれないが、馬鹿ではない。どうしてセクシーさについて、そんな初歩的な間違いをすると思うんだ?」

フレッドの誤りは何か。引数を二つ取る関数、すなわち「二項関数」を、

Sexiness: Admirer, Entity ➝ [0, ∞) ,

まるで、引数を一つ取る関数、すなわち「一項関数」であるかのように扱っているのだ。

Sexiness: Entity ➝ [0, ∞) .

Sexinessを、一つのEntityだけを引数として受け取る関数として扱えば、当然、SexinessはそのEntityだけに依存し、ほかの何も関係ないように見える。

二項関数を一項関数のように考えると、問いが変わることによる誤謬、あるいは心の投影の誤謬に陥る。誰がどちらへ進むかにかかわらず、建物が通りの左側か右側かを、本質的に決めようとするようなものだ。

別の、同じくらい妥当な見方もある。「セクシーさ」は確かに一項関数を指しているが、各話者は誰をさらって性的に襲うか決めるために、異なる一項関数を使っている、という見方だ。絵描きのフレッドと、大きな目の怪物ブルーガが、ともに「セクシー」という言葉を使うからといって、同じことを意味する必要があると、誰が決めたのか。

この見方を採るなら、ある女性が本質的にFred::Sexinessを5単位もつ、と言っても逆説はない。いったんFred::Sexinessを、曲線、肌の質感、服装、地位の手がかりなどによって指定すれば、すべての観察者はこの事実に同意できる。その指定には、フレッドにまったく言及する必要がない。評価される女性だけに言及すればよい。

たまたまフレッド自身は、このアルゴリズムを使って、言い寄る相手を選ぶ。だが、だからといって、アルゴリズムそのものがフレッドに言及する必要はない。したがって、この見方では、フレッドのSexiness関数は本当に、女性という一つの引数を取る関数である。Fred::Sexinessと呼んだが、この名前はフレッドとは独立に記述される関数を指していることを覚えておこう。こう書くほうがよいかもしれない。

Fred::Sexiness == Sexiness_20934 .

フレッドが配偶相手の候補を評価するためにSexiness_20934を使うのは、フレッドについての経験的事実だ。ジョンもまったく同じアルゴリズムを使っているかもしれない。いったん関数が定まれば、それがどこから来たかは関係ない。

同じように、その女性のSexiness_72546は0.01単位しかなく、一方、粘菌にはSexiness_72546が3単位ある。ブルーガがさらう相手を決めるためにSexiness_72546を使うのは、たまたまブルーガについて成り立つ経験的事実だ。つまり、Bloogah::Sexinessという名は、ブルーガとは独立した固定の数学的対象である、関数Sexiness_72546を指す。

この女性にはSexiness_72546が0.01単位、Sexiness_20934が5単位あると言えば、すべての観察者が、逆説なしに同意できる。

そして、この二項と一項の二つの見方は、数学者ハスケル・カリーにちなんで名づけられた「カリー化」という概念で統一できる。カリー化は、一部のプログラミング言語で使える技法だ。たとえば、次のように書く代わりに、

x = plus(2, 3) (x = 5) ,

次のように書くこともできる。

y = plus(2)

(yは今や、2を食べた関数plusの「カリー化された」形だ。)

x = y(3) (x = 5)

z = y(7) (z = 9) .

つまり、plusは二項関数だが、plusをカリー化し、必要な引数二つのうち一つだけを食べさせると、どんな入力にも2を足す一項関数になる。(同じように、七項関数から始めて引数を四つ与えれば、三項関数になる、といった具合だ。)

本物の純粋主義者なら、定義上、すべての関数は引数をちょうど一つ取ると考えるべきだ、と主張するだろう。この見方では、plusは一つの数値入力を受け取り、新しい関数を返す。その新しい関数が一つの数値入力を受け取り、最後に数値を返す。この見方でplus(2,3)と書くとき、実際にはまずplus(2)を計算し、どんな入力にも2を足す関数を得て、その結果を3に適用している。プログラマーなら、こう書くだろう。

plus: int ➝ (int ➝ int).

これは、plusがintを引数に取り、int ➝ intという型の関数を返すことを意味する。

この比喩を、人間の言葉の使い方へ戻してみよう。「セクシーさ」は、まずAdmirerを食べ、そのAdmirerが今、美貌をどう評価するかを記述する固定の数学的対象を吐き出す、と考えられる。好ましさについてのその人の直感が、この数学的関数と同型の仕方で計算されていることは、その評価者についての経験的事実である。

次に、Sexiness(Admirer)のカリー化によって吐き出された数学的対象を、Womanに適用できる。もとのAdmirerがフレッドなら、Sexiness(Fred)は、まずSexiness_20934を返す。そうすれば、Sexiness_20934(Woman) = 5であることは、フレッドとは独立した、そのWomanについての経験的事実だと言える。

ヒラリー・パトナムの「双子地球」という思考実験をめぐっては、大騒ぎの哲学論争が起きた。私たちの地球とそっくりだが、水がH2Oではなく、別の透明で流動する物質XYZである双子地球を想定するのは、意味のあることだろうか。さらに、実験の時代を数世紀前に設定し、こちらの地球にも双子地球にも、H2OとXYZという別々の仮説をどう試せばよいか知る人はいないとする。あちらの世界の「水」という言葉は、こちらの世界と同じことを意味するのだろうか。

ある人は言った。「同じだ。地球人と双子地球人が『水』と言うとき、頭の中にある感覚上の判別方法は同じなのだから」。

別の人は言った。「違う。こちらの地球では『水』はH2Oを意味し、双子地球では『水』はXYZを意味するからだ」。

「水」という概念が、まず世界を食べて、その透明で流動するものの経験的に確かな本性を調べ、新しい固定の概念である水42、あるいはH2Oを返すと考えるなら、この世界を食べる概念は、地球でも双子地球でも同じだ。ただ、場所によって返す答えが違うだけである。

「水」がH2Oを意味すると考えるなら、その概念を世界のあいだで移しても、働きは変わらない。そして双子地球にはH2Oは存在しない。

そしてもちろん、「wa-ter」という音節の響きが本当は何を意味するかを言い争っても、何の意味もない。

では、一つの定義を選び、一貫して使えばよいのだろうか。だが、それほど簡単に混乱から逃れられるわけではない。カリー化された概念と、カリー化されていない概念の違いを、意識して自覚する訓練が必要だ。

カリー化されていない水の概念を別の世界に適用すると、同じ概念でも、別のものを指す。つまり、世界を食べる固定の関数を別の世界に適用し、異なる戻り値を得るのだ。双子地球ではXYZが「水」であり、H2Oは「水」ではない。私たちの地球ではH2Oが「水」であり、XYZはそうではない。

一方、「水」が、前の立場の人が「『水』を私たちの地球へ適用した結果」と呼ぶものを指すと考えるなら、双子地球ではXYZは水ではなく、H2Oが水だ。

その後の哲学論争の混乱は、すべて、概念を本能的にカリー化したり、本能的にカリー化を解除したりする傾向に由来していた。

同じように、大きな目の怪物のような別のエージェントは、Sexiness_Fred(Woman)ではなくSexiness_BEM(Woman)に基づいて、性的に襲うためにさらう相手を選ぶのだとフレッドが気づくには、もう一段階が必要だ。そのためには、Sexinessを二つの引数を取る関数として、意識的に捉え直さなければならない。フレッドの脳が本能的に行うのは、Woman.sexiness、すなわちSexiness_Fred(Woman)を評価することだけだ。だが、そのラベルは単にWoman.sexinessになっている。

固定の数学的関数Sexiness_20934は、フレッドにも怪物にも言及せず、女性だけに言及する。だからフレッドには、怪物が「セクシーさ」を違うように評価する理由が、本能的には見えない。そして、怪物が何か妙な理由でその特定の関数の結果を気にしているなら、実際にSexiness_20934の評価が違うことはない。だが、さらう相手を決めるためには別の関数を使うというのが、その怪物についての経験的な事実なのだ。

この分析に何の意味があるのかと思うなら、以上の区別を使って、「客観的」「主観的」「恣意的」といった紛らわしい言葉をタブーにすることを試してみてほしい。