非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

証拠もなく増え続ける学派

Schools Proliferating Without Evidence

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ロビン・ドーズは、『Judgment Under Uncertainty』に収められた原論文の一つと、『Rational Choice in an Uncertain World』の著者であり、その研究成果を現実の生活に持ち込もうと本気で努力する数少ない人の一人だ。そして、『House of Cards: Psychology and Psychotherapy Built on Myth』の著者でもある。

『House of Cards』第1章より。1

こうした専門家の能力は、実証的な検討にさらされてきた。たとえば、セラピストとしての効果(第2章)、人間への洞察力(第3章)、そして仕事の出来とその分野での経験量との関係(第4章)である。ほぼすべての研究が――本書では300件を超える実証研究と研究の総括を参照する――これらの専門家が主張する、セラピストとしての優れた直感的洞察、理解力、技能には、まったく根拠がないと結論づけている……。

ロールシャッハのインクの染みを使う検査を覚えているだろうか? その理屈は実に魅力的だ。患者がインクの染みを見て、何が見えるかを述べ、それをもとに心理療法家が患者の心理状態を解釈する。これが実際に役立つ証拠を探して、何百もの実験が行われてきた。ここでこの話を読んでいる以上、答えは単に「いいえ」だと見当がつくだろう。それでもロールシャッハ検査は、いまだに使われている。あまりにもよくできた話なので、役に立たないと示す山のような実験的証拠を、心理療法家はどうしても信じる気になれないのだ――。

――これで、ここで扱っているのがどんな分野かがわかるだろう。

そして、分野全体についての実験結果も、それに見合ったものだ。確かに、心理療法家にかかる患者が、何もしない患者より早くよくなることは知られている。しかし、心理療法の数多くの学派の間には、統計的に見分けられる差がない。長年の熟練による改善も見いだせない。

さらに、心理療法家にかかることと、無作為に選んだ別分野の大学教授と同じ時間だけ話すこととの間にも、見分けられる差はない。どうやら、ただ誰かと話すだけで、よくなる助けになるらしい。

その有効性を示す実験的証拠がほんのわずかもないまま、心理療法家は州の免許を得、その証言は法廷で認められ、養成校は認定され、その請求は健康保険で支払われるようになった。

そして心理療法では、「学派」、つまり実践の伝統も大量に増殖した。ある学派が別の学派より優れていると示す実験がないにもかかわらず――あるいは、もしかすると、ないからこそ――……。

これが私たちの世界について物語る悲しい事柄については、いつか改めてもっと書くべきだろう。社会や法廷が認める医療の本質とは、治療効果を示す統計的証拠のある処置の取りそろえではなく、それらしい権威の雰囲気なのだ、ということについて。

だが、ここでの話題は心理療法における伝統の増殖だ。私にわかるかぎり、この分野で名声を得る方法はそういうものだった。効果を実験で検証でき、皆が採用できる驚くべき新技法を発見することではない。創始者としての自分のカリスマ性と、自分の技法が効くはずの理由を語るうまい話に支えられた、自分だけの「学派」を分派させることだった。

これこそ、そもそも心理療法が存在し、存続してきたことに、かなりの程度まで寄与していたのだろう。先駆けとなったフロイトのように、自分も大家になれるという約束だ(フロイトにもやはり、実験的証拠はひとかけらもなかった)。それこそが、追い求めるべき成功の栄冠なのだ。導師となり、自分の信奉者を持つという見通しである。信奉者をめぐる争いこそが、聖職者たちを活気づけている。

実験的証拠とのつながりを断ち切った分野には、こういうことが起こる。ただし心理療法家を危うくする要因は、ほかにもあった。患者が彼らに示す畏敬の念、心を癒やすことは可能なのだと信じたい社会の願望、そしてもちろん、人に考え方を教えることに一般につきまとう危険などである。

(ドーズが書いたのは1980年代で、1990年代にもロールシャッハ検査がまだ使われていたことは知っているが、その後は状況が改善した可能性もある〔コメントを寄せた一人は、そう述べている〕。認知行動療法のほうが効果が高いという肯定的な証拠があったと聞いた覚えは、確かにある。)

快楽心理学(幸福研究)という分野は、ある程度まで、幸福は測れるのだと気づいたことから始まった。互いに照らし合わせると、驚くほどきちんと妥当性を確認し合える、一群の測定指標があったのだ。

新しい測定法を作る行為は、新しい科学を生む。それがよい測定なら、よい科学が得られる。

何であれ、組織だった実践を作り出そうというなら、自分たちがどれほどうまくやっているかを知る手段と、人々が思いつくもっともらしい技法を本格的に検証する習慣が、どうしても必要だ。本格的な検証とは、対照群、実験群、そして統計を使うということだ。本当に必要なのだ。

Robyn M. Dawes, House of Cards: Psychology and Psychotherapy Built on Myth (Free Press, 1996). ↩︎