非公式日本語訳 — 原著者・発行元による公式の翻訳ではありません

Eliezer Yudkowsky — 非公式日本語訳

熱力学第二法則と認知のエンジン

The Second Law of Thermodynamics, and Engines of Cognition

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エネルギー保存則としてよく知られる熱力学第一法則は、無からエネルギーを作れないと言っている。燃料もほかの資源も消費せず、いつまでも動き続ける第一種永久機関を禁じるのだ。現代物理学の見方では、エネルギーは粒子の個々の相互作用ごとに保存される。数学的帰納法によって、粒子の集まりがどれほど巨大でも、無からエネルギーを生み出せないとわかる。私たちが今、物理法則だと信じているものに違反しないかぎりは。

だから米国特許庁は、車輪と歯車を組み合わせ、一つのばねがほどけると別のばねを巻き上げ、あなたの計算ではその繰り返しで永遠に仕事をするという、驚くほど巧妙な提案も、あっさり却下する。それを実現するには、少なくとも一つの車輪が、標準モデルの物理法則に違反しなければならないという、完全に一般的な証明があるからだ。一つの車輪がどう物理法則を破るか説明できないなら、車輪の集まりにも破れない。

運動量保存則に違反する推進装置、「無反作用推進」にも同じ議論が当てはまる。標準的な物理学では、個々の粒子とその相互作用のすべてで運動量が保存される。数学的帰納法により、物理系はどんな大きさでも運動量を保存する。二つの粒子がぶつかっても、総運動量は最初と変わらないところを思い描けるなら、粒子から巨大で複雑な歯車の集合へと規模を広げても、何も変わらないとわかる。10の27乗個の原子があっても、0 + 0 + … + 0 = 0だ。

だが、エネルギー保存則だけでは、熱を仕事に変えることは禁じられない。実際、氷と蓄えた電気を温水へ変える密閉箱は作れる。難しくすらない。エネルギーは作られも消されもしないから、(氷+電気)を(温水)へ変えるときのエネルギーの正味の変化は0でなければならない。ならば逆向きに行っても、それだけでエネルギー保存則に違反するはずはない……。

温水を電流と氷に変える第二種永久機関は、熱力学第二法則によって禁じられる。

第二法則は少し理解しにくい。本質的にベイズ的だからだ。

そう、本当だ。

熱力学第二法則の根底にある基本的な物理法則は、物理学の標準モデルの中で証明できる定理である。どんな閉じた系が時間とともに発展するときも、位相空間の体積は保存される。

地面から高いところにボールを持っているとしよう。この状況は、少なくとも一つの次元が「地面からのボールの高さ」である、多次元空間の一点として表せる。ボールを落とすとボールは動く。それとともに、あなたとボールを含む系全体を表す、位相空間内の大きさのない点も動く。物理学でいう「位相空間」は、粒子の位置だけでなく運動量にも次元があることを意味する。たとえば粒子二つの系は12次元だ。各粒子の位置に3次元、運動量に3次元ずつある。

巨大な歯車の集合の、それぞれの歯車の位置を各次元で表す多次元空間があったなら、歯車を回すにつれて、そのかなり高次元の位相空間の中を、一つの点が勢いよく動き回るだろう。つまり、大きく複雑な機械を非常に高次元の空間の一点として見られるのと同じく、機械の時間的な振る舞いを記述する物理法則は、その点が位相空間を進む軌跡を記述するものと見られる。

熱力学第二法則は、物理学の標準モデルで証明できる、次の定理の帰結だ。位相空間のある領域を取り、標準的な物理に従って時間発展させると、位相空間の総体積は保存される。

たとえば、二つの系XとYがあり、Xには8通り、Yには4通りの状態があるとしよう。結合した系(X,Y)には32通りの状態がある。

結合系の時間発展は、初期の点を未来の点へ写す規則として記述できる。たとえば、最初はX7Y2で、ある物理法則のもと、1分後にはX3Y3になるかもしれない。つまり、XがX7、YがY2から始まり、1分観察すると、XはX3へ、YはY3へ移る。物理法則がそうなっているのだ。

次に、結合系の状態から部分空間Sを切り出そう。Sは、XがX1にあり、YがY1からY4までの状態にある領域だ。したがって、Sの総体積は4状態分である。

そして、(X, Y)を支配する物理法則のもとで、最初にSにあった状態が、次のように振る舞うとしよう。

X1Y1 → X2Y1
X1Y2 → X4Y1
X1Y3 → X6Y1
X1Y4 → X8Y1 .

要するに、これが冷蔵庫の働き方だ。

部分系Xは狭い状態空間、実際にはX1という一つの状態から始まった。Yは、Y1からY4までの、もっと広い領域に分布していた。相互作用によって、Yは狭い領域へ入り、Xは広い領域へ移った。だが、位相空間の総体積は保存された。四つの初期状態は、四つの最終状態へ写された。

明らかに、物理が位相空間の総体積を時間を通じて保存するかぎり、Xが広がる以上にYを絞ることはできず、その逆も同じだ。ある部分系を状態空間の狭い領域へ絞り込めば、別の部分系がより広い領域へ広がらなければならない。

さて、結合系(X,Y)について私たちが不確かで、その不確実性がS上の等確率分布で表されるとしよう。つまり、XがX1にあることはかなり確かだが、YはY1からY4のどれも同じ確率でありうる。1分間、目を閉じて開くと、YはY1にあると予想するが、XはX2からX8までのどれかかもしれない。実際には、XがなれるのはX2からX8の一部だけだ。だが、具体的にどれかを考え抜くのは高くつくので、単にX2からX8までとしておく。

XとYを別々の系として見た不確実性のシャノンエントロピーを考えよう。Xは一つの確定状態から始まったので0ビット、Yは4状態のどれも等確率だったので2ビットだった。(XとYの間に相互情報量はない。)少し物理が働くと、Yのエントロピーは0になったが、Xはlog2(7) = 2.8ビットになった。つまりエントロピーが系から系へ移され、Yの内部では減った。だが、記録の手間を惜しんで一部の情報を追わなかったので、私たちの視点では全体のエントロピーが増えたのだ。

過去の状態を未来の状態へ、次のように写す物理過程があるとしよう。

X2Y1 → X2Y1
X2Y2 → X2Y1
X2Y3 → X2Y1
X2Y4 → X2Y1 .

すると、どこから始めても同じ場所に着くので、本当にエントロピーを減らす物理過程を作れることになる。時間発展する物理法則が、位相空間を圧縮するのだ。

だが、私たちの物理法則について証明できるリウヴィルの定理は、そんなことは決して起こらず、位相空間は保存されると言っている。

熱力学第二法則は、リウヴィルの定理の系である。車輪と歯車をどれほど巧みに配置しても、ほかのどこかで増やさずに、一つの部分系のエントロピーを減らすことはできない。ある部分系の位相空間が狭まれば、別の部分系は広がらなければならず、結合空間の体積は変わらない。

ただし、最初はまとまっていた位相空間に、くねりやうねりや込み入った形が生じることはある。その全体を単純な境界で囲むには、以前よりはるかに大きい境界を描く必要がある。これが、エントロピーが増えるように見える理由だ。(量子系では、異なる宇宙が別の道を進むため、局所的な各宇宙では実際にエントロピーが増える。だが、この複雑さは今は省こう。)

熱力学第二法則は、実は確率的なものだ。お湯が自発的に「冷水と電気」の状態へ移る確率は、存在する。ただ非常に小さい。リウヴィルの定理が小さな確率で破れるのではない。定理は定理だ。最初に非常に大きな位相空間の領域にいるが、どこかは知らないなら、ある特定の領域へ至るごく小さな確率を割り当てうる、という意味だ。あなたの知るかぎり、このコップのお湯は、ごくごくわずかな確率で、自発的に電流と氷へ変わる種類のものかもしれない。いつもどおり、量子的効果は無視する。

だから、第二法則は本当に本質的にベイズ的なのだ。どんな実際の熱力学的な系についても、それは系についての信念には厳密な法則的言明だが、系自体については確率的言明にすぎない。

「待ってくれ」とあなたは言う。「物理の授業で習った話とは違う。私が聞いた講義では、熱力学は温度の話だった。不確実性は心の主観的な状態だろう! コップの水の温度は、水の客観的な性質だ! 熱と確率に何の関係がある?」

ああ、信頼の薄い者よ。

一方の向きでは、熱と確率のつながりは比較的わかりやすい。コップの水について知っているのが温度だけなら、冷たい水より熱い水のほうが、ずっと不確かなことが多い。

熱は、大量の小さな分子が飛び回ることだ。温度が高いほど、速く動ける。お湯の分子が全部同じ速さで動いているわけではない。「温度」はすべての分子に共通の速さではなく平均の速さであり、そこから予測可能な速さの統計分布が決まる。ともかく要点は、水が熱いほど分子は速く動いている可能性があり、そのため、個々の分子の速度、速さだけでなく向きも含む速度について、いっそう不確かになることだ。個々の分子すべてについての不確実性を掛け合わせると、コップ全体についての不確実性は指数関数的に大きくなる。

この指数関数的な不確実性の体積の対数を取り、それをエントロピーと呼ぶ。ほら、つじつまが合う。

逆向きのつながりは、もっとわかりにくい。最初は温度が72度としか知らないコップの水があったとしよう。すると突然、聖ラプラスが、水の全原子の正確な位置と速度を教えてくれる。今や水の状態を完全に知っているから、情報理論の定義では、そのエントロピーはゼロだ。熱力学的なエントロピーもゼロになるのか? よく知るようになったから、水は冷たくなるのか?

量子のことをひとまず無視すれば、答えは、そうだ! 本当にそうなのだ!

マクスウェルはかつて問うた。一様に熱い気体を二つの領域AとBに分け、BからAへは速い分子だけ、AからBへは遅い分子だけ通せないのか? そんな門を作れれば、すぐにA側は熱く、B側は冷たくなる。食べ物を安く冷やせるのではないか?

気体の分子を一つずつ調べ、通すかどうか決める主体が「マクスウェルの悪魔」だ。この方法で効率よく冷やせないのは、悪魔が分子を調べ、どれを通すか決める過程でエントロピーを生むからだ。

だが、全分子がどこにあるかを、すでに知っていたなら?

その場合、実際にマクスウェルの悪魔を動かして、有用な仕事を取り出せるのだ。

だから、これも量子的効果を今は無視すれば、コップのお湯の全分子の状態を知っているなら、それは本当に熱力学的な意味で冷たい。そこから電気を取り出し、氷を残すことができる。

これはリウヴィルの定理を破らない。Yを水、あなたをMと表すマクスウェルの悪魔とすれば、物理過程は次のようになるからだ。

M1Y1 → M1Y1
M2Y2 → M2Y1
M3Y3 → M3Y1
M4Y4 → M4Y1 .

悪魔はYの正確な状態を知っているので、MとYの間には相互情報量がある。相互情報量は(M,Y)の結合エントロピーを減らす。H(M,Y) = H(M) + H(Y) − I(M;Y)である。悪魔Mのエントロピーは2ビット、Yも2ビット、相互情報量も2ビットなので、(M,Y)の総エントロピーは2 + 2 − 2 = 2ビットだ。物理過程は、相互情報量の「冷たさ」、負のエントロピーつまりネゲントロピーを変換し、実際の水を冷たくするだけだ。その後、Mは2ビット、Yは0ビット、相互情報量は0になる。何も問題はない!

知識は「主観的」だなどと言わないでほしい。知識は脳に表されなければならず、その点でほかの何よりも劣らず物理的だ。MがYの状態の正確な像を物理的に表すには、Mの物理状態がYの状態と相関していなければならない。その相関を熱力学的に利用できる。それがシラード・エンジンだ。

E・T・ジェインズの言葉では、「『知識は力なり』という古い格言は、人間関係においても熱力学においても、非常に的を射た真実である」。

逆に、一つの部分系は、別の部分系と(a)相互作用し、(b)熱力学的な仕事をするのでなければ、その部分系との相互情報量を増やすことはできない。

そうでなければ、マクスウェルの悪魔を作って熱力学第二法則を破れる。それはリウヴィルの定理を破ることになり、物理学の標準モデルでは禁じられている。

つまり、何かについて正確な信念を作るには、本当にそれを観測しなければならない。これは極めて物理的で現実の過程だ。どんな合理的な心も、精神的努力というだけでなく、熱力学的な意味の「仕事」をする。

(熱力学的な仕事を要するのは、次の観測に備えてビットを消去することだ、と言われることもある。だが、その区別は言葉と視点の問題にすぎず、数学は明確だ。)

(論理的「真理」の発見という複雑な問題は、今は扱わない。少なくとも理由の一部は、正確な定式化を自分でもまだ考えているからだ。熱力学では、論理的真理の知識はネゲントロピーに数えない。可逆コンピューターなら論理的真理を任意に低いコストで計算できるので、当然だろう。ここまで述べたことはすべて、論理的に全知の主体について成り立つ。それに劣る心は、必ず効率も低くなる。)

「正確な信念を作るには、それに見合う量の証拠が必要だ」は、人間関係でも熱力学でも的を射た真実である。もし盲信が調査法として本当に働くなら、温水を電気と氷へ変えられるだろう。分子の速度を盲信するマクスウェルの悪魔を作ればよい。

認知のエンジンは、ガソリンを燃やすより繊細な形でエントロピーを扱うが、熱機関とそれほど違わない。たとえば、完全には効率的でないかぎり、自動車のエンジンや冷蔵庫と同じく、廃熱を放出しなければならない。

「冷たい合理性」は、ハリウッドの脚本家が夢にも見なかった意味で真であり、彼らが思い描いた意味では偽だ。

だから、あなたの議論のどの具体的な段階が、見ていないものについて真の知識を与えることで物理法則を破るのか、教えられないなら、大きく凝った巧妙な議論にもそれができると、私が信じることを期待してはいけない。