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私は以前、反対の論拠を一つたりとも認めず、そのため自説を支持しない観察結果をすべて理屈で片づけなければならなくなる推論の仕方について述べた。今回は、人は反対の論拠に出会うと、すでに知っている支持材料を繰り返し思い返すことで、確信度を下げずに済ませているのではないか、という見方を提示したい。
フリードニアという国で、最近いくつもの都市に相次いだ隕石の落下は隣国シルヴァニアの仕業なのか、議論しているとしよう。そう考えさせる証拠がいくつかある。隕石はシルヴァニアとの国境近くの都市に落ちた。落下の前にはシルヴァニアの株式市場に異常な動きがあった。そして、シルヴァニア大使トレンティーノが「天の報復」についてつぶやくのを聞いた人がいた。
ある人があなたのところに来て言う。「隕石の落下がシルヴァニアの仕業だとは思いません。あの国はわが国と年間数十億ディナールの貿易をしているんですよ」。あなたは答える。「でも、隕石が落ちたのはシルヴァニアに近い都市だし、あの国の株式市場には怪しい動きがあったし、その後に大使が天の報復について語っている」。この三つの論拠が相手の一つを上回るので、あなたはシルヴァニアの仕業だという信念を維持する。定性的には、信じない側ではなく信じる側にとどまるわけだ。証拠を天秤にかければ、シルヴァニアに不利なのは明白だ。
次に別の人が来て言う。「隕石の落下がシルヴァニアの仕業だとは思いません。小惑星を狙ったところに落とすのはものすごく難しい。シルヴァニアには宇宙開発計画すらありません」。あなたは答える。「でも、隕石が落ちたのはシルヴァニアの近くで、あの国の投資家はそれを知っていたし、大使は堂々と認めさえしたじゃないか!」。ここでも三つの論拠が相手の一つを上回るので(三つの論拠対一つだ)、あなたはシルヴァニアの仕業だという信念を維持する。
それどころか、確信は強まる。これで二度、別々の機会に証拠を天秤にかけ、どちらも3対1の割合でシルヴァニアに不利なほうへ傾いたのだから。
シルヴァニアびいきの裏切り者たちが持ち出すさらなる論拠に、あなたは出くわす。何度も何度も、さらに百回も。だが、そのたびに新しい論拠は3対1であっさり敗れる。そして毎回、証拠の重みを肌で感じたとおりに事前確率を動かしながら、やはりシルヴァニアの仕業なのだと、ますます確信する自分に気づく。
もちろん問題は、すでに知っていた論拠を繰り返し思い返すことで、証拠を二重に数えているということだ。たとえすべての証拠を二重に数えたとしても、これは重大な罪になる。(50人の被験者で実験して統計的に有意な結果が出なかった科学者が、そこでデータをすべて二回ずつ数えるところを想像してほしい。)
まして、一部だけを選んで二重に数えるのは、まったくの茶番だ。子供のころ見たアニメで、悪党が次のアルゴリズムで戦利品を分けていたのを覚えている。「おまえに一つ、おれに一つ。おまえに一つ、おれに一つ、二つ。おまえに一つ、おれに一つ、二つ、三つ」。
前のエッセイで強調したように、大切にしている信念が正しいとしても、合理主義者はすべての証拠を取り込む過程で、ときにはその確率を下げなければならない。そう、全体としての証拠の重みは、まだその大切な信念を支持しているかもしれない。それでも、反対の証拠を聞く前の確率からは下げる――そう、下げる――必要があるのだ。支持する論拠を繰り返し思い返しても役には立たない。それらはもう織り込み済みだからだ。
それなのに私には、人は新しい反論を突きつけられると、確信度を下げずに済む理由を探し、当然のように、すでに知っている支持材料を見つけているように見える。私自身、そうしないよう絶えず気をつけていなければならない! それは、手元の盾で剣の一撃を受け流すのと同じくらい自然に感じられるのだ。
うまい具合に間違った推論を使えば、ほんのひと握りの支持材料、いや一つの論拠だけでも、反論の大軍を食い止められる。