本ページは、Don't Worry About the Vaseの記事 "Monthly Roundup #45: August 2026" の非公式日本語訳です(翻訳: AGI Hub)。原文を読む ↗

月間まとめ #45:2026年8月

原題: "Monthly Roundup #45: August 2026" 著者: Zvi Mowshowitz 初出: Don't Worry About the Vase、2026年8月12日


AIの動きがますます加速するにつれ、私の記事も、AIを中心にしたものが増えてきた。

この1カ月は、OpenAIなどでのハッキング事件もあって、とうとう極限に達した。<strong>Lightcone Commons</strong>も数えるなら、前回の月間まとめ以降、すべての記事が何らかの形で主にAIについてのものだった。

長い目で見て、こういうあり方を望んでいるわけではない。新しいことを経験し、頭を切り替え、世界のほかの部分を忘れないために、休憩は必要だ。何もかも炎上していなければ、子育てと教育、出生率、住宅、そして恋愛のまとめ記事に戻るつもりである。そうした話題や、ほかのテーマに絞った記事も、もっと書きたい。重要なことだし、読者の期待に取り込まれすぎるのも避けなければならない。

では、ほかに収まる場所のない、あらゆる話題の月間まとめに入ろう。

目次

  1. 盗用せよ。
  2. 陪審員義務を口実にした詐欺。
  3. 善玉を演じよう。
  4. ぐずぐずするな。
  5. UVC照明。
  6. くつろぐ時間の目的を分解して考えることは、過小評価されている。
  7. タンパク質は、おおむね解決済みの問題。
  8. Twitterが支払い制度を変更する。
  9. Wikipedia。
  10. 心が何かをするとき、たいてい理由がある。
  11. ウォーク第1波は狂っていた。
  12. 娯楽の時間。
  13. 単一の文脈。
  14. ゲーマーはゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲーム。
  15. 空飛ぶ自動運転車を約束されたはずだが。
  16. スポーツ、がんばれスポーツ。
  17. 一生もたせるには。
  18. 政府のお仕事。
  19. ジョーンズ法ウォッチ。
  20. いろいろな効果的利他主義。
  21. 息抜き。

盗用せよ

盗用は、それ自体が窃盗としてひどい行為である。ゴキブリと同じく、一例見つかれば、ほぼ決して一例では終わらない。全般的な不誠実さと節操のなさを示す、信頼できる指標でもあり、したがって、もっと悪いことの指標でもある。

実際、最新のJason Ardayの件では、データ捏造やその他の不正が、すぐに多数見つかった。Kevin Bryanによれば、調べたArdayの論文はどれも、不正なだけでなく、かなり露骨な不正だった。全体の大部分、ひょっとすると全部が、丸ごと作り話のようである。

驚くことではないが、辞表はPangramによって、全編AIが書いたものと判定された。

いつ清算の時が来るのだろう。つまり、Claudeを使って学術界全体に基本的な誠実性チェックをかけるのは、いつか。学生の未公表の仕事などを盗んでいるのでない限り、盗用をしているあなたを守っているのは、目立たないことだけである。明白な盗用どころか、露骨な不正まで容認する機関に、いつまで我慢するのか?

陪審員義務を口実にした詐欺

「陪審員としての出頭を怠ったので、金を払わないと大変なことになる」という詐欺が増えている。当局は決してそんなことをしないので、100%詐欺だと簡単に見分けられる。だが、それを知らない人がいる。逮捕すると脅すときに具体的な情報を使い、もっともらしく見せるため、この点を知らない、あるいは覚えていない人には通用する。気づけるはずの「これは詐欺です」という、非常に明るいネオンサインはいくつもあるが、人々は冷静に考えていない。

全体を通じて「古典的な手口」に見えるので、詐欺の大半は、まだかなりAI以前の時代にあることを示す例である。ただし、標的探しや情報収集にはAIが使われているかもしれない。このろくでなしどもを捕まえるため、もっと多くのことができるというShoshana Weissmannの意見に同意する。捜査機関の資源が限られることは分かるが、こうした取り組みが何倍もの元を取れないとは、とても思えない。一般に、ホワイトカラー犯罪や詐欺の取り締まりへの投資を大幅に増やすのは、単純で巨大な改善になりそうだ。

善玉を演じよう

ほとんどの状況では、Sarahの言うとおりである。好意は受け取っておこう。

Sarah Constantin:少しずつ頭にたたき込んでいること。

ある人の世界観が、世界を善玉と悪玉に分けるものだとして、その人があなたに好意的で、あなたもよい関係を望むなら、自分が善玉の一人であることは、お互い当然分かっているという前提でいるのが賢明だ。その人の善悪の分類が不公平だと思っていても、その人の定義では論理的に自分は悪玉に入るはずだと思っていても。

あなたを好きなら、その人はすでにあなたを善玉だと信じていて、自分の「規則」を厳密には守っていない。人に原則がないことに、いちいち驚くのはやめよう。それは事実だし、だから「私のことは好きだけど、私は悪玉の一人だぞ。はい、論破!」と言っても、その世界観は変えられない。原則のないえこひいきを受け入れるか、その人とは親しくなりたくないと決めるかである。

これを使って世界観や分類の仕方を変えられる、まれな例外は確かにある。だが、ほかの理由から関連情報に注意を向けさせる必要がない限り、試すことは、目の前の自分の利益にはならない。

ぐずぐずするな

ここでも彼女は正しい。ぐずぐずするな。特に若いときには。

つまり、決断、特に人生の大きな決断をするとき、自分のすべてが「それをやりたい」と叫んでいるなら、「確信がない」からと待つのではなく、やろう。

Sarah Constantin:あなたは、それをやりたい。あなたは、それが正しい選択だと思っている。正しいと保証はできない! だが私は、人は実際、自分の総合的な判断と欲求に従う以上に、ずっとうまくやれるものではないという、一種の信念を持っている。

もっと迷信めかして言えば、たとえ悪い選択でも、それはある意味「しなければならない」悪い選択だ。あなたがあなたである以上、人生が展開するために必要な一部なのである。

迷信を抜いて言えば、成長、学習、人間として豊かに生きること、そうしたあらゆることのためには、人生を前へ進めること、「物語を進め」、学び変わることを求める、自然な次の挑戦や機会に向き合うことが大切だ。人生を100%無傷で終えることはできない。後悔や逆境とまったく無縁な人はいない。それなら、自分が下したい決断を下せばいい。

特に、若い人が試行錯誤を過大評価するより、過小評価するほうを、はるかによく見かける。

それはもっともでもある。まだ人生経験が少なければ、「世界は基本的にこういうものだ。生活を変えても、今以上によくはならないだろう」と想像しやすい。だが実際には、まだほとんど何も試していない。生活の基本条件を何か変えれば、不満のあることはたいてい直せる可能性が高い。

若い人に試行錯誤を大切にしろと言うのも、正しい。状況に不満なら、変えよう。仕事や恋愛関係を変えよう。引っ越そう。

「それをやるな」と言うべき例外は、その特定のことを本当に、本当にすべきでない、非常に強い理由を知っている場合である。よほど強い理由でなければならない。

UVC照明

公共空間には間違いなくUVC照明を設置すべきだが、あなたにはその権限がない。では、自分にある権限を使って、家の中の病原体を減らすため、自宅にUVC照明を設置すべきか。設置するなら、いつ点灯すべきか?

1灯500ドルで、安くはない。また、空気を積極的にろ過する装置を併用しない場合、閉じた住居、とりわけ寝室では、オゾンへの懸念も多少ある。それでも、病気にならずに済むため実際にいくら払うかを考えれば、費用対効果はかなりよさそうだ。私は照明と、併用する追加の空気清浄機を注文した。空気清浄機は、すでに2台持っていた。

くつろぐ時間の目的を分解して考えることは、過小評価されている

David Sedarisは、Kurt Vonnegutの古典的な話を盗用した。切手を買いに郵便局へ行くのは、そのように一日を過ごしたいからであり、話の種や新しい経験が生まれるからだ、というものだ。家にいるほうが効率的かもしれないが、意外性はゼロである。

この話の問題は、まったく筋が通っていないことだ。郵便局は、その種の時間の使い方としては、ひどく意外性が少ない。誰かが不機嫌でいることは、どんな意味でも最高の経験ではない。郵便局へ行くことは、生きることでも、世界へ出ていくことでもない。

そう、多少は郵便局での経験に基づいて言っている。

ホテルのフロントに手紙を預けるよりは、「生きている」「外へ出ている」ことになるだろう。だが、手紙を預けた後で、午後を何か別の気ままなことに使うため、出かけてもよかったはずだ。

最も好意的に解釈すれば、散歩だけでもできるが、実際にはしないので、封筒を一度に一枚ずつ買うことで、よい習慣と出かける口実を作るということだろう。

私が分かったのは、退屈な用事を効率的に済ませてから、浮いた時間の一部を、外へ出たり、くつろげる静かなことをしたり、直接は仕事をしないことに使うと決めればよい、ということだ。だから私はそうしている。私のような書き手にも、SedarisやVonnegutのような作家にも、考えを熟成させるため、一人で静かに過ごす時間が多少必要だ。そこには、時々歩き回ることも含まれなければならない。

したがって、もっとよい擁護は、その静かな時間を、ゼロとはまったく違う価値のあるものとして適切に評価することだ。しばしば、不快な注意を要求されながら慌ただしく1単位の時間を使うか、2単位以上をゆっくり使い、気分を新たにし、意外性、考える時間、歩き回る機会を得るか、という選択になる。

Vonnegutとは違い、私たちはぶらぶらするためにここにいるのではない。だが、多少ぶらぶらするのは役に立ち、楽しくもある。手段としての目標と、最終的な目標を混同してはならない。だから、そういう場合には、2単位以上の時間を使う選択がよいことは多い。どのみち休憩は必要だったという意味で、その切り替えの時間は実質的に無料になり得る。だが、ちゃんと生かそう。

インターネット以前、驚くほど生産的な人々の何時間、何午後もが、ささやかでばかばかしい用事に食われていたことを振り返ると、かなり妙な感じがする。今では「AI以前」についても、同じことが言える。

ただし、郵便局へ行くのが、Vonnegutの言う「ひそかに思いを寄せる人」といちゃつくためなら、例外にしてよい。それはまったく構わない。だが、それならさっさとデートに誘おう。

タンパク質は、おおむね解決済みの問題

一般的な合意は、特に運動をしたいなら、どんな「自然な」食生活に含まれる量よりも、多くのタンパク質を取るべきだというものだ。

少し前までは、その方法には楽しみを大きく犠牲にする必要があり、基本的に食事を不快なものに変えていた。今では劇的に楽になった。喜ぼう。

roon(OpenAI):以前は、運動する価値があるだけのタンパク質を取るのは、本当に難しかった。気持ち悪くなるまで鶏むね肉を食べるか、タンパク質15グラムほどのために、粉っぽくてまずいホエイ分離タンパクのどろどろを飲むかだった。

今は分離精製技術の進歩のおかげで、42グラム入りのCore Power Eliteが飲めて、味はチョコレートミルクだ。普通のものに大量のタンパク質を加えられる。

いや、ただ技術の進歩を喜んでいるだけだ。深読みしすぎだよ。

私自身が選ぶのは、Pure Proteinのシェイクと、特にProtein2Oの水である。代謝が異常に遅く、おいしいものを食べることを大切にしているので、カロリー効率を非常に重視するからだ。ここにカロリーの枠を使うなら、タンパク質や食物繊維にならないカロリーは、可能な限り少なくしたい。その量は、飲むのがそれほど不快でないにもかかわらず、実際に理論上の最小値へ驚くほど近づいている。

Twitterが支払い制度を変更する

Twitterは収益分配を終了し、オリジナルコンテンツ報酬プログラムへ置き換える。

Twitter:オリジナルコンテンツとは、執筆、撮影、デザイン、制作などを通じて自ら作り、自分の声、視点、専門性を反映したコンテンツです。

自分の貢献がごくわずか、またはないものは対象になりません。主な価値が他者の作品から来ていて、ほとんど変形も付加もしていない場合、そのプログラムの適格なインプレッションは生まれません。

適格なインプレッションとは、投稿の50%が表示され、ログインした有料ユーザーがホームタイムラインで見たものをいう。他者のコンテンツの再投稿ではなく(自分のコンテンツの再投稿はよいという明確な例外がある)、「自動化された手段で作成または投稿」されたものではなく、性的に露骨でなく(ブー!)、コミュニティノートが付いていないことが条件だ。狙いは分かる。基準は90日間で50万回の適格なインプレッションである。

支払額は分からない。これまでは「はした金」で、今後もそうだろうと思う。だが、少しでも助けにはなるし、私がすでにTwitterに出しているものには、笑ってしまうほど合っている。

これは素晴らしい変更になると期待している。支払い制度は、コンテンツを画一的な粗製コンテンツや反応稼ぎへとゆがめてきた。今回の変更は、おそらくインセンティブを改善する。

Wikipedia

Wikipediaが多くの政治問題で、時にばかげたほど一方に有利な条件を整え、公認の「ジャーナリスト」だけを優遇し信頼することで、真実を指摘する者を排除しているという圧倒的な証拠を踏まえ、その評判はどこまで落ちたのか?

PoliMath:Wikipediaへのよい批判は好きだが、すでに評判をかなり失っているのは興味深い。13年前のように広く尊敬される知識の保管庫ではなくなった。分裂する世界の、もう一つのデータ点だ。

今の私は、Wikipediaを大手メディアと同じように、「限定的な不信」の規則が適用されるものとして扱っていると思う。しばしば大文字の「物語」を売り込もうとし、戦略的な見せ方や言葉遣い、重要事実の省略を行うが、懸命に越えまいとする一線はある。政治的な含みを持つ一部の問題では、役に立たないどころか有害である。政治的な含みのない分野では、今もたいていよい情報源だが、同じ情報を最良のAI、今ならFableかSolに尋ねるよりは、一貫して劣る。

心が何かをするとき、たいてい理由がある

振り返る価値があり、AIを含む多くのことに関係し得る話だ。

Paola:女性の攻撃戦略は、隠れていて、もっともらしく否認できる方向に向かいがちだ。そのため、女性がなぜ語尾を上げたり、絶えず断りを入れたり、穏やかに話したりすることが多いのか、混乱が生まれるのだと思う。一般的な説明は、女性は不安が強く、社会的に力を奪われていることが多い、というものだ。だが私は、それ以上に、実際ほど脅威に見えないようにする、学習された戦略であることが多いと思う。

この戦略が有効なのは興味深く、女性の置かれた状況について、好ましくない何かを語っているのだろう。だが、弱さのシグナルを出すとき、それはしばしば欠陥ではなく戦略なのだと認識することが重要だと思う。生物は、体系的かつ予測可能な形で自分に不利になる行動を避けるだけの知性は、たいてい持っている。

もちろん、人間のような知的な生物が、体系的かつ予測可能に自分を不利にする戦略を、本当に使う明白な例外もある。その多くはとても重要で、理由もよく分かっていることが多い。鍵になる事実は、今は間違いでも、もともとはよい理由があったということである。

ウォーク第1波は狂っていた

AOCが言ったので、今や私たちの大半は、正式に「ウォーク第1波は狂っていた」と同意できる。

図版1:原文の図を翻訳・再作成

そう、ウォーク第1波は狂っていた。これが共通知識になる方向へ進むのは、評価する。

しかし。それが、おかしなことを言った人の言い訳になるとは思わない。発言を撤回すれば、ただで帳消しになるわけではない。

Jack:実は私は、あの特有の集団的な錯乱に巻き込まれなかった人を、かなり知っている。AOCが今、巻き込まれた人にもっと権力を与えるべきだと主張したいなら、どの具体的な行動が、なぜ間違っていたのか、説明してもらったほうが皆のためになると思う。

Josh Barro:「ウォーク第1波は狂っていた」という言い方でいくなら、なぜあなたや他の政治家が狂ったのか、繰り返さないために何を学んだのか、もう少し十分に説明する必要があると思う。

なおさらそうなのは、ウォーク第1波の中心的な主題が、今の自分たちには許せないとされる過去の言動を、人々に対して決して許さないことだったからだ。当時は若く愚かだったとしても、当時の主流や多数派の意見や行動だったとしても、まったく違う文脈で生きた、はるか昔に亡くなった歴史上の人物だったとしても、関係なかった。

私が謝罪に求める最低限は、前回の行動を後悔し、すべきでなかったと思っていると納得させること。そして、ウォーク第2波がまた同じ方向へ進んでも、その標的が誰であれ、同じことや、もっと悪いことを繰り返さないと納得させることである。

ウォーク第1波が狂っていたと認めることは、本当にありがたいし、確実に報いたい。だが「ウォーク第1波は狂っていた」を使って第1波を言い訳するなら、行動を後悔しているとも、繰り返さないとも、納得できない。

娯楽の時間

『オデュッセイア(The Odyssey)』は素晴らしかった。観に行こう。<strong>ネタバレありの私のレビューはこちら</strong>。ノーランが何をしようとしているかの多くについて、Matthew Yglesiasにおおむね同意する。

IMAXで撮影されたので、機会があればIMAXで観ると、きっとさらによいだろう。だが、絶対に必要というわけではない。次の例は示唆的だ。

図版2:原文の図を翻訳・再作成

確かに、画面の残り半分まで見られるのはちょっと格好いい。だが重要な何かが加わるわけではないし、むしろ気が散るかもしれない。クリストファー・ノーランは、大半の観客にはその半分が見えないとわかっているからだ。横長の長方形は、やはり「効率」という意味では正しい画面形状なのである。IMAXではそこにさらに映像を足せるので、せっかくだから使っているだけだ。

『オデュッセイア』を嫌う人たちは、一貫してこの映画の肝を外している。「ウォーク」な配役に文句を言うか、オデュッセウスが古代人らしくないと言うか、その他の歴史的細部の正確さ、変更、省略を問題にする。ノーランが実際に語った物語には関心を持たず、あまり考えてもいない。

ほぼ全員、自分がどういう人間かを自らばらしている。たいてい、こちらにはとっくにわかっていたのだが。

David Burge: 映画『オデュッセイア』について、投稿者が自分で恥をさらしているツイートを楽しく読んでいる。政治的な話とかでは全然ない。人が公の場で自分の恥をさらすのを見るのが、私の一番好きな娯楽だというだけだ。

もちろん、特定の点を違う形にしてほしかったと思うのは自由である。とりわけ歴史的状況や原典への忠実さについてはそうだ。Emily Wilsonがここで嘆いているように、オデュッセウスの戦士としての姿や機転の利くところをもっと見せることもできたし、栄光より恥を強調する描き方を問題にしてもいい。私はおおむね同意しないが、筋の通った立場ではある。

Elon Muskは、Grok Imagineを使い、年内に「歴史的に正確で、ホメロスの芸術に忠実な『オデュッセイア』の長編映画」を作ると宣言した。ぜひ作ってほしい。出来もよいことを願っている。

そして、「このアプリからは一生出られない」部門。

図版3:原文の図を翻訳・再作成

Paul Crowley: 彼の一番いい返しを見逃している。

図版4:原文の図を翻訳・再作成

Rishabh Jain: >>オデュッセウスという名前の登場人物

>>オデュッセイア、つまり大冒険の旅に出る

伏線は好きだけど、もう少しさりげなくする努力はできないのか?

今年はここまで、映画の当たり年である。2026年の最高の映画として、どちらでも満足できる候補が2本できた。今や『オデュッセイア』と『The Invite』は甲乙つけがたい。記録をつけ始めた2024年と2025年の作品で、私が見たもののうち『Resurrection』を除くすべてより、この2本は明らかによい。

Peacockの「半分プレミアム」、つまり広告付きプランがYouTube Premiumに付いてくるようになる。セット販売はうれしいが、広告付き版をセットにする傾向は悲しい。通常、差額を払って広告なしにする手段がない。今回は2027年にアップグレードできるようにすると約束している。私は、相当切羽詰まっていて代わりがない場合を除き、スキップできない広告のあるものは見ない。これでは、ひどく非効率な広告視聴が大量に生じるだろう。

映画のあらすじ紹介の最高傑作に、新たな候補が現れた。『風と共に去りぬ』である。とはいえ、「超現実的な世界に飛ばされた少女は、最初に出会った人物を殺し、その後3人の見知らぬ者たちと組んで、もう一度殺人に向かう」を超えるのは無理だろう。

僅差の2位も、おそらく今なお「産業界の大物が、お菓子をあげると子どもたちを自宅に招き、一人ずつ消していく」である。

図版5:原文の図を翻訳・再作成

ワールドカップは、多くの人が一緒に楽しめる共通文化が機能した、楽しい実例だった。グループステージの試合は、米国内の英語放送で平均510万人、Telemundoも含めると970万人が視聴した。4%未満とはいえ、共通の話題が成立するには十分である。Matthew Yglesiasが言うとおり、かつて私たちが客観的にはかなり出来の悪いテレビ番組を大量に見ていたのは、ほかに選択肢がほとんどなかったからだ。今は選択肢がたくさんある。この変化が大きい。

作品について話せる相手がいると視聴が楽しくなることも、よいポッドキャストや振り返り記事があると番組の魅力がぐっと増すことも、彼の言うとおりだ。「これを気に入ったら、楽しめそうな振り返り記事はあるか」は、私が新しい番組を見るか考えるうえで、重要な判断材料になっている。

残念ながら、それが結局ワールドカップを見なかった理由でもある。周囲の人たちは、それほど乗り気ではなかった。大学フットボールには引き続き熱中するだろう。だが、スポーツを追う親しい友人が1人しかおらず、家族には誰もいないとなると、スポーツを見ることはだんだん難しくなっている。

単一の文脈

Agnes Callardが「ユニコンテクスト(単一の文脈)」という新しい理論を提唱している。

Derek Thompson:

現代世界について、誰が見ても興味深いと私が思う問いをいくつか挙げよう。

1週間前、私はこれらの問いに関連があるとは思っていなかった。大半について、よい答えを持っていると言えたかどうかも怪しい。まして、たった一つの理論ですべてを一度に説明し始められる、などという、大胆で正気を疑われかねない主張は、絶対にしなかっただろう。

ところが、シカゴ大学教授のAgnes Callardと、新理論「ユニコンテクスト」について話す機会を得た。今年交わした会話の中でも、間違いなく特に面白いものの一つである。いったん聞くか読むかしたら、ほかのことを考えるのが難しくなるかもしれない。

ユニコンテクスト理論は、いつでも、どのような文脈でも同じ規範に従うことを求められ、それ以外の面でも文脈を一つにまとめるよう圧力がかかっている、という考えを新しい形で述べたものだ。よさは悪さより文脈に依存し、退屈でもある。不満を「文脈の外」に持ち出すほうが容易で、注目も集めるため、誰もが、自分がひどいと思う細部に固執する。そして、ある発言が人種差別的であるといった、文脈を離れても悪いとされることなら、どこにいる誰でも、対面なら同じ部屋にいる誰でも、指摘できる。そうすることで報酬を得ることさえある。

同様に、人格よりアイデンティティが重要になる。アイデンティティは一定で、文脈の外にも持ち出しやすいからだ。そして、あらゆるもの、あらゆる人を、ほかのあらゆるもの、あらゆる人と比べているなら、満たしようのない基準に直面する。この理論では、注意を集中させるために絶えず戦わなければならないことも、ここにつながるという。身近な状況の手がかりを使って、何に注意を向けるかを選べなくなったからだ。ただし、この部分の結び付けは、あまりうまくいっていないと思う。

Agnesは、その始まりを1910年ごろまでさかのぼるものと考えている。

ほかの人たちの似た観察を、このように言い直したことを私は気に入っている。その影響には、意識して抵抗するよう勧めたい。

ゲーマーはゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲーム

マジック:ザ・ギャザリングの殿堂が帰ってきたぞ。2026年の殿堂入りが行われ、11月にアトランタで式典がある。私は選考委員には選ばれなかった。賢明である。何年もゲームを追っておらず、誰を最初に殿堂入りさせるべきか、さっぱりわからないからだ。ただ、委員の顔触れを見る限り、賢明な選考をしてくれると確信している。上位入賞が通算5回以上あり、かつ2019年より前にも、2020年より後にも上位入賞している必要があるという条件は、特によいと思った。

プレモダンは、相変わらず素晴らしいフォーマットである。何年も続いているのに、このメタゲームを見てほしい。賞金6,000ドル、参加者128人の大会だ。

図版6:プレモダンのデッキ分布(原図)

信用供与は、本当に素晴らしいものだ。ゲームで例示する編。

Ryan Moulton: 信用が経済にもたらす恩恵を示す一つの方法は、経済を発展させるゲームならどれでも、序盤から借り入れできるようにすると完全にバランスが崩れる、と指摘することだ。

liontender: 『Sid Meier's Railroad Tycoon』は、100万ドルを持った状態で始まる。半分は鉄道会社の株を売って調達し、半分は借金だ。当時は気づかなかったが、実に多くのことを教わった。「おい、自社株を買い戻そうとするたびに株価が上がるんだけど、どうなってるんだ?」

そして本当に、魔法のような体験である。荒野を切り開き、線路を敷き、機関車を買い、駅を建てる。どれも途方もなく金がかかるのに、ゲームの最初から、その多くを「ただで」できるのだ。

借金はよいものにもなりうると、このゲームに教わった。たいていは、早期返済するより路線網を広げ、運賃を払ってくれる輸送を増やすほうがよい。地理を侮ってはいけないことも教わった。丘に線路を敷くのは、ものすごく高くつく。

David: 金融業界の友人の一人のせいで、いくつものボードゲームに「先物取引禁止」というルールを設ける羽目になったのを覚えている。

『Railroad Tycoon』は素晴らしかった。その理由の一つが、自社株をどうするかについて、非常に複雑な判断を迫られることだった。少なくとも低めの難易度では、ほぼ必ず、序盤にいくらか買い戻すほうがよいように見えた。

『Europa Universalis』やその他のParadox作品は、別の視点を与えてくれる。たいていの場合、借金するのはまったく正気の沙汰ではない。だが、腕がよく、十分に容赦なくプレイできるなら、借金で軍隊を作って戦争に勝ち、戦利品で返済するか、別の形でそのまま突き進むことができる。あるいは『Victoria』なら、経済への投資に使ってもうまくいくことがある。

Waters of the Hudson Bay: 『Victoria 3』にはこれがある。金利を下げる補正を積み重ねれば、GDP成長が十分速い限り、巨額の赤字をほぼいつまでも維持できる。重工業が軌道に乗れば、そのくらいの成長はする。

今月は『Orb of Creation』の最終1.0版を1周プレイした。放置クリッカー系の成長ゲームというジャンルで、実際に面白いものの究極形である。前半は、一晩中放置しておきたいと思わせず、どうすれば進めるかを実際に考えることに報いてくれる。その点が実によくできている。

利子が入るようになる後半は、少し勢いが落ちる。特に儀式の段階に入ると、似た戦略を繰り返し、再充填を待ってまた実行することが中心になり、それで何桁も積み上げなければならない。一度やれてよかった。こういうものを楽しめる人なら、これは楽しめる作品だろう。だが今は、このジャンルは長いこともういい、という気分である。

空飛ぶ自動運転車を約束されたはずだが

損害賠償訴訟を手がける弁護士たちが、Waymoに反対するロビー活動をしている。Waymoは重傷事故を94%、歩行者の負傷を93%減らしてしまうからだ。

Ryan Petersenによると、代車のTeslaは自分のTeslaとまったく同じように動いたという。そこで、そもそも誰かが所有する必要はあるのか、という疑問が生じる。必要なときに呼び、不要になったら次の人に渡せばよい。そう遠くないうちに実現してほしい。

スポーツ、がんばれスポーツ

ワールドカップ準決勝のアルゼンチン戦で、イングランドが選手交代により、実質的に逃げ切り狙いの守備へ移ったことが敗因だったわけではない、という議論。イングランドは疲れ、負傷者もおり、もっとよい選択肢はなかった。

この夏は、久しぶりに野球をまったく見ようとしていない。やはり恋しいとは感じる。ほかではなかなか得られない種類のくつろぎを与えてくれていたからだ。だが、家族の誰にも興味を持ってもらえず、ひいきのチームもひどく弱いとなると、必要な時間が大きすぎる。

一生もたせるには

ここの動画は、なかなかのものだ。そう、破産しないのは難しい。

katsu: Odell Beckham Jr.が、1億ドルのNFL契約の実際の計算を明かした。

・額面 → 1億ドル

・実際に保証される額 → 6,000万ドル

・税引き後 → 年1,200万ドル ・車、母親の家、生活費 → 年400万ドル

・残る額 → 年800万ドル ・それが5年間。

その後は終わり。永久に。「これを一生もたせられるか?」

Cate Hall: この動画が頭から離れず、1週間ずっと考えている。彼が言おうとしているのは、これほど金があるのに、安心できず、それはおかしいと感じる、ということだと思う。だが、これは単に、いくら金があっても安心できるわけではない、という事実を示している。

生活水準が上がり続けるのは、いつかようやく安全だと感じられる、「これで十分だ」と思える地点に達するはずだと、人が期待し続けるからだと思う。その地点は、いつも不思議とあと少し届かないところにある。だが、どれだけ物を手に入れてもその感覚は得られない、という明白な結論は引き出さないらしい。

触れられていないが、代理人の取り分もある。ただ、特にNFLでは、どういうわけか代理人手数料を3%に抑えることができている。

最後にOdellは、自分にもほかの選手にも、誰も金融リテラシーを教えてくれないと明言している。これは問題の大きな部分だ。彼らは、どう扱えばよいかわからないのである。

もう一つの問題は、暗黙の社会的な「税率」がとてつもなく高いことだ。1億ドルの契約を結んだことは、誰もが知っている。

母親に家を買ってあげるのは素晴らしい。だが、それで終わりではない。皆の期待は報道された金額に合わせて膨らむ。ほかにもあらゆる出費があることは知らず、残りの人生のために貯蓄しなければならないことも理解せず、誰もが当然もらえると思っている。しかも本人の時間には非常に高い価値があるので、誰も節約を期待しない。

これは、本当に難しいことなのである。

政府のお仕事

Mamdaniの新しい公営食料品店――ああ、嫌な予感がする――は、毎月、小売価格より30%安く売ることで、確実に売り切れる基本商品を選ぶつもりらしい。どうやら、最後までやって結果を見る覚悟なのだろう。そもそも開店にこぎ着けるなら、かなり笑える結果も出るはずだ。

Nick Kokonasが店舗の提案依頼書(RFP)を読んでいる。私の予想以上に筋が通っていない。

RFPは「公正かつ公平な方法で棚が空になるのを防ぐ」にはどうするか、とまで尋ねている。せいぜい頑張ってほしい。

Mamdaniには厳しく言うこともあるが、ニューヨーク市内の常住者のいない住宅に課税するという手は評価する。これに怒る人々も面白い。

Mike Peters: 今の議論は文字どおりこうだ。

家主:「あまりに不公平だ。今は300万ドルのこの家を1980年に20万ドルで買い、ずっとここに住んでいる」

みんな:「わかりました。ニューヨークの確定申告書を提出すれば免除されます」

家主:「でもニューヨークでは申告していない」

一番文句を言っている人たち:「主たる住居はニューヨークだ。税負担を減らすためにフロリダの海辺の別荘で所得税を申告しているだけで、ここに住んでいるのだから、この税を払う必要はないはずだ」

この法律は、こういうことをして脱税している人を捕まえるためのものだ。

David Ulevitch: ニューヨーク市の別宅税は、ニューヨーク州の居住者であるかどうかを調べる格好の手段だ。あちこちに通知を送っているのも不思議ではない。自宅は別宅ではないと言えば確定申告書を求められる。別宅だと言えば税金を払うことになる。

Seth Burn: 驚くほど気まずい会話になる。人々は本当にニューヨーク市内に不動産を持つのが好きだ。一方、ニューヨーク市の税金を払うのは大嫌いだ。率直に言って、もはやそれを逃れる方法がないという考えに、かなり戸惑っている。

アイスクリームを提供するための免許のような、細かな規制も廃止しているのはよいことだ。だが、家賃凍結や公営食料品店を埋め合わせるほどではない。

ホワイトハウスは、Covid-19の研究所流出説をいっそう強く打ち出している。

ジョーンズ法ウォッチ

大きなニュースは、ジョーンズ法の適用除外が続いていることだ。この実験を通じ、エネルギー企業などの大きな利害関係者が、ジョーンズ法がどれほど高くついていたかに気づき、長期的な圧力が強まることを期待している。

もし私たちが、ジョーンズ法に反対する候補、Ed Case下院議員に寄付を殺到させ、この「数千ドル」をはるかに上回ってしまったら、実に残念なことだ。本当に残念だ。

Scott Lincicome: ハワイには下院議員候補が2人いる。一人は「長年、ジョーンズ法の廃止を求めてきた」。もう一人は同法を支持し、「海運業者と海事労働組合」から「数千ドルの寄付」を受け取っている。

いろいろな効果的利他主義

Coefficient GivingとGood Venturesが、GiveWell推奨先への年間支出を、1億7,500万ドルから10億ドルに増やす。一度限りの増額であり、OpenAIやAnthropicのIPOで株を売る人々を含め、今後ほかの資金源から大量の寄付が来るとの見込みに備えるものだ。説明は「非常に効果的な利他主義」である。Coefficient Givingが、ほかに十分な数のよい資金の使い道を見つけられなかったのなら、資金を抱え込んでおくよりよさそうだ。ただし、拡大幅は、インセンティブや支援先を取り巻く環境に問題を生じさせかねないほど大きいので、私は慎重に見ている。

息抜き

トロイの木馬を使って『オデュッセイア』を見に行く。私なら認めただろう。

Circe: ビジネスクラスの席だったけど、出発が午後11時で乗り継ぎも3時間あった。だから早い便のエコノミーに変えた。そしたら乗り継ぎ便が遅延して、今は機内の最後列にいる。教訓は、家に帰るのを決して急がないこと。『オデュッセイア』にもそう書いてある。

Christopher Babcock: 失礼ながら、『オデュッセイア』の意味について、キルケーという名前のアカウントの言うことは信用しません。

Circe: 助けて、弾圧されている。

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図版7:原文の図を翻訳・再作成


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