問題の所在(The Problem)――なぜ超知能AIの開発は人類絶滅につながるのか(非公式翻訳)
MIRIによる公認訳ではなく、内容の正確性について原文が常に優先します。本文中の「Learn more」ボックスで参照されている3つの補足ページ(Why expect smarter-than-human AI to be developed any time soon? / AGI Ruin / What’s an example of how ASI takeover could occur?)も全訳し、「もっと知る」の見出しからクリックで展開できる形で本文中に収録しています。短い要約版として「絶滅級のAI脅威に関するブリーフィング(The Briefing)」の日本語訳があります。
――MIRIの立場表明: 超知能AIがもたらす存亡リスクと、必要な政策対応
原題: "The Problem" 著者・掲載元: MIRI(Machine Intelligence Research Institute) 原文: https://intelligence.org/the-problem/ (2026年8月17日取得)
本ページは私たちの立場をより詳しく説明したものです。短い要約版は「絶滅級のAI脅威に関するブリーフィング(The Briefing)」をご覧ください。
世界の主要AI企業が公言する目標は、理論物理学の難問を解くことから社会的な状況を巧みに渡り歩くことまで、人間にできるあらゆることをこなせるだけの汎用性を備えたAIを構築することである。近年の機械学習の進歩により、この目標は手の届く範囲に入ったように見える。現時点で私たちは、あらゆる人間を上回る能力を持つAIが今後1〜2年のうちに実現する可能性を否定することにはためらいを覚えるし、逆にその実現がまだ20年も先だとしたら、それなりに驚くだろう。
MIRIの研究者たちの現在の見解は、人間より賢いAIが今後10年のうちに開発されれば、その結果は前例のない大惨事になる、というものである。この分野の第一線の研究者たちが広く署名したCAIS声明(AIリスクに関する声明)は、次のように述べている。
AIによる絶滅のリスクを軽減することは、パンデミックや核戦争といった他の社会規模のリスクと並ぶ、世界的な優先課題であるべきだ。
私たちは、この分野の現在の技術的理解や手法の延長線上で研究者が超知能AIを構築すれば、その帰結として最も見込まれるのは人類絶滅だと考えている。
「世界中の研究ラボが、人類絶滅を引き起こす可能性の高い技術をいままさに構築している」という結論は、迅速な政策対応を促してしかるべきものである。しかしAIの進歩の速さに、各国政府も有権者も不意を突かれたままだ。本文書は、読者に現状を理解してもらい、大惨事を回避しうる政策的な手立ての種類を概説することを目指す。
本文書の要点:
- 人間水準に能力の上限はない。
- ASIは目標指向の振る舞いを示す可能性が非常に高い。
- ASIは誤った目標を追求する可能性が非常に高い。
- 誤った目標を持つASIを構築することは、致命的に危険である。
- 十分に思い切った政策対応によって、大惨事は回避できる。
1. 人間水準に能力の上限はない
CAIS声明の署名者には、AI分野で最も被引用数の多い存命の科学者3人——ジェフリー・ヒントン、ヨシュア・ベンジオ、イリヤ・サツケヴァー——が含まれている。このうちヒントンは次のように述べている。「もし私が政府に助言するなら、こうした技術が今後20年以内に人類を滅ぼす確率は10%あると言うだろう。それが妥当な数字だと思う」。さらに2024年4月の質疑応答では、こうも述べた。「実のところ、存亡に関わる脅威のリスクは50%を超えると考えている」。
AIがこれほど極端な危険をもたらす根本的な理由は、AIの進歩が人間水準の能力で止まらないことにある。人間水準の汎用性を持つシステムの開発は、そこからすみやかに人工超知能(Artificial Superintelligence, ASI)——経済・科学・軍事を含むあらゆる能力において人間を大幅に上回るAI——をもたらす可能性が高い。
歴史を振り返ると、ある計算的なタスクを自動化する方法が見つかったとき、コンピュータは概してそのタスクを人間よりはるかに上手く、はるかに速く、はるかに大きな規模でこなせるようになってきた。これはボードゲームやタンパク質構造予測における近年のAIの進歩に確かに当てはまる。これらの分野でAIは、人間のトップ専門家と同水準の能力にとどまる期間がほとんど、あるいはまったくないまま、人間の能力を追い越していった。戦略性が豊かで習熟の難しい囲碁というゲームでは、AIはわずか1年のあいだに、最弱の人間のプロ棋士にも一局も勝てない状態から、最強の人間のプロ棋士にも一局も負けない状態へと変わった。個別のシステムを見ると、AlphaGo Zeroは、人間の棋譜や戦略に関する情報に一切アクセスすることなく、3日間で囲碁について何も知らない状態から、いかなる人間の棋士をも上回る強さに到達した。
計算という基本的な営みにおいて、コンピュータのハードウェアはほとんどの面で生物の対応物を大きく上回る。現時点ではエネルギー効率で大きく劣るものの、現代のトランジスタはニューロンの発火より少なくとも1000万倍速く状態を切り替えられる。コンピュータシステムのワーキングメモリや記憶容量も、人間の脳よりはるかに大きくできる。現在のシステムはすでに、文章・絵・コードなどを、どんな人間よりも桁違いに速く生み出している。最も賢い人間がこなせる認知タスクの全域をAIがこなせるようになったとき、AIの速度面の優位(あるいはその他の優位)が突然消えると期待すべきではない。むしろ、人間より賢いAIは、速度やワーキングメモリなどの面で人間を圧倒的に上回ると予想すべきである。
AIのアーキテクチャの多くはデジタルであり、展開済みのシステムであっても迅速に再設計・更新できる。これによりAIは、人間よりはるかに速く、はるかに根本的なレベルで自己改変・自己改善を行える。そしてこれは、AIの自己改善が「自己改善する能力」自体を加速・向上させるというフィードバックループ(I・J・グッドの言う「知能爆発」)を生み出しうる。
人間の科学的能力は世界に途方もない影響を与えてきた。しかし私たちは、暗算のような中核的な科学的能力に関して最適とはほど遠く、そもそも私たちの脳は進化によってそうした作業向けに最適化されたわけではない。より一般的に言えば、人類は若い種であり、進化は汎用的な知性を持つ精神の設計空間を探索し始めたばかりである——しかもその試みは、人間の生物学的な偶然の制約によって妨げられてきた。その一例として、人間の産道は、二足歩行に支障をきたすことなく広げられる幅に限りがあり、これが人類がより大きな脳を進化させる上でのボトルネックとなった。一方、AIの計算能力を10倍にすることは、単に10倍の数のGPUをつなぐだけで済む場合がある。これは文字どおり些細な作業とまでは言えないこともあるが、人間の産道を広げるよりは簡単である。
これらすべてを踏まえると、AIが最も優れた人間の科学者・技術者とおおむね同程度の知能水準で長期間足踏みする可能性は、かなり低くなる。
「人間水準」のAIというイメージで考えるのではなく、弱いAIは領域ごとに人間以下の技能と超人的な技能が奇妙に入り混じった姿を見せると予想すべきであり、強いAIは人間の能力の範囲を大きく外れたところに位置すると予想すべきである。
人工超知能について警鐘を鳴らす科学者の数は多く、急速に増えている。Anthropicのダリオ・アモデイへの最近のインタビューから引用しよう。
アモデイ: ええ、ASL-3[AIセーフティレベル3]は今年か来年にも十分起こりうると思います。ASL-4は——
クライン: なんてことだ。
アモデイ: いや、ですから言ったでしょう。私は指数関数的な進歩を信じているんです。ASL-4は2025年から2028年のどこかで起こりうると思います。
クライン: それは速いですね。
アモデイ: ええ、本当に、ごく近い将来の話をしているんです。
Anthropicは、ASL-4を「現実世界で自己複製し、資源を蓄積し、シャットダウンを回避し続けることが紛れもなく可能」なAIといった閾値や、「AIモデルが主要な領域における国家安全保障リスクの第一の源泉となった」シナリオに関連づけている。
もっと知る: 人間より賢いAIが近いうちに開発されると予想する理由(Why expect smarter-than-human AI to be developed any time soon?)
原文の「Learn more」ボックスで参照されている補足ページ Why expect smarter-than-human AI to be developed any time soon?(MIRI、2025年2月24日)の全訳。クリックで展開/格納できます。
1901年、初の空気より重い飛行機械の製作に協力する2年前、ウィルバー・ライトは弟に、動力飛行の実現はまだ50年先だと語った。一方、核融合発電は過去50年間ずっと「あと20年で実現する」と言われ続けてきたことで有名である。歴史的に見て、科学者や技術者は、ある技術が実現可能かどうか、その技術がどのようなものになるかを言い当てることには大きな成功を収めてきたが、ブレークスルーがいつその技術を解き放つのかを予測することには、はるかに成功していない。
私たちは、ASI(人工超知能)までのタイムラインは不確実だと考えている。そして、この種の技術発展の時期を見極めることの難しさを踏まえれば、ASIが目前に迫るまで、あるいはすでに存在するようになるまで、同じように不確実なままだろうと予想している。政策立案者が介入してこの技術の開発を防ぐのであれば、残された時間がどれだけあるのか完全に明らかになる前に行動する必要がある。
そのうえで、私たちの最も確からしい推測を言えば、ASIまでのタイムラインはおそらく長くない。近年の進歩は十分に急速であり、私たちMIRIは、ASIが2年後や5年後に開発されても驚かないし、逆にあと20年以上先だとすれば驚くだろう。
ChatGPTのような最近の発明はAIを広く世間の目に触れさせる助けとなったが、これらの発明は一回限りのブレークスルーを意味するものではない。むしろ、ChatGPTのようなツールは、長く続いてきた一連の進歩の最新の成果である。
20年前、研究者たちは、AIにできないことが数多くあること――基本的な画像認識・画像生成、翻訳、ウィノグラード・スキーマ、コンピュータプログラミング、囲碁やStarCraftのようなゲームなど――を理由に、ASIは遠い先の話だと論じていた。これらの課題はすべて陥落し、その結果、私たちとASIの間の隔たりは、もっぱら捉えどころのないものだけで構成されるようになった。最先端のAIがいまだに失敗する問題は数多く残っているものの、「AIにはこの問題は決して解けない」と誰かが主張したところ、実は現行のAIがすでにそのタスクに秀でていると判明する、という光景がますますよく見られるようになっている。
現在のシステムから人間より賢いシステムへの進歩は、閾値効果を示す可能性が高い。チンパンジーと人間の脳はおおむね似通っており、両者を隔てるのは数百万年の進化にすぎない。しかし、チンパンジーの認知と人間の認知がもたらす結果は根本的に異なる。人間が、チンパンジーには到達できない1つないし複数の閾値をたまたま越えたからである。
進化が地質学的な時間スケールで起こるのに対し、人類の技術進歩は数か月から数年の時間スケールで起こる。そしてAIは、自己改善といった追加の閾値効果のおかげで、人間が示したものよりさらに急峻な不連続性を示すかもしれない。
ここ数年で、AIはソフトウェア開発において急速に重要な役割を果たすようになった。AIがAI研究のタスクを自動化し、自らの汎用的な能力を向上させる力が決定的な閾値を越えれば、追加の改善が自己改善のプロセスをさらに加速させることで、AIは暴走的な成長を遂げる可能性が高い。このフィードバックループが収穫逓減に強くぶつかる頃には、そもそも自己改善するAIが人間の能力範囲内にあったとしても、その範囲をはるかに超えたところに達していてもおかしくない。
これらの要因のために、きわめて急進的なタイムラインを排除することは難しくなる一方で、私たちは依然として非常に不確実な状況に置かれたままである。
来年中にASIが構築される可能性を排除する観察も理論も存在しない。同様に、大規模言語モデルが壁に突き当たり、研究者たちが新しくより良いアプローチを探してもがく可能性を排除する観察も理論も存在しない。AIにおける完全な解決は、AlphaGoの場合のように驚くほど早く訪れることもあれば、自動運転車のまれな故障モードの解消の場合のように、驚くほど遅くなることもある。
閾値効果と、「私たちとASIの間の隔たりは、もっぱら捉えどころのないもので構成されている」という事実は、新たなAIの進歩が展開されるにつれて状況が明確になっていく見込みも小さくする。新たな課題が陥落しても、次の課題がどれほど速く陥落するのか、現在の最先端とASIの間の隔たりが何なのかは、不明確なままである可能性が高い。
これほどの不確実性を踏まえると、なぜMIRIの研究者は5年や10年のタイムラインが、たとえば30年のタイムラインより確からしいと考えるのか、と問うのはもっともなことだろう。短い答えは――ASIの時期について考えている他の多くの研究者の考え方とも一致するようだが――こうだ。この文脈で年数を計算するのに使える洗練された形式的手法は存在しない。私たちにできるのは、アルゴリズムの進歩とハードウェアのスケーリングの何らかの組み合わせが、比較的近いうちに人間より賢い汎用的な認知能力を解き放つ可能性が高い、と推測を巡らせることである。その根拠は、囲碁から画像生成、会話の継続に至るまでのタスクで、近年のアルゴリズム的進歩が生み出してきた大きな質的改善と、GPT系モデルがスケールの拡大に伴って示してきた能力の質的飛躍にある。
一部の研究者は、AIの発展はこれよりも予測可能だと論じてきた。この文脈でよく引用される論文がKaplanら(2020)であり、モデルサイズ・訓練データ・計算量を増やしたときの性能向上に関する「スケーリング則」を提案した。しかし、スケーリング則が追跡する種類の指標は、システムの能力水準について実践的に重要な情報を与えてくれない。特定の計算能力やデータ量などの水準を「人間水準の知能」や「超知能」と対応づけようとする試みは、ほぼ純粋な思弁の域を出ないように見える。そして、経験的なトレンドラインをこうした当て推量と同一視すると、両者が同じ程度の根拠を持つかのような誤った印象を与えかねない。
大規模言語モデルに代表される現在のアーキテクチャが、超知能まで一気にスケールできるかどうかはわからない。しかしAI企業は代替アーキテクチャを懸命に探索しており、直近の最先端モデルは、すでにアーキテクチャの改変や改良を取り入れている可能性が高い。
1980年代後半から1990年代のAIの冬のように、過去にはAIへの過熱とそれに続く停滞の時期があった。今後も大小の停滞を目にするかもしれないし、しないかもしれない。しかし、過去10年間のAIのきわめて急速な進歩により、状況は1980年代のバブルとは大きく異なるものになっている。
数百億ドルの資金と数万人の研究者・エンジニアが、金脈の道筋だと信じるものを追い求めている。単純なスケーリングがうまくいかなくなっても、彼らが突然あきらめることはないだろう。トランスフォーマー――ChatGPTのようなAIを支える鍵となるアイデア――ほどの規模のイノベーションは毎年生まれるわけではないが、時折は生まれる。現在のアーキテクチャでスケーリングが機能しなくなれば、AI業界は他のアルゴリズムにいっそう力を注ぐだろう。
したがって、この分野における研究努力と資金の大幅な増加は、今後10年間で進歩が加速する可能性が高いことを示唆している。これにより私たちは、あと何回のAIの進歩までなら人類が生き延びられるのかはわからないが、技術的ブレークスルーを世に出そうとする巨大な取り組みが進行中であることは確かにわかる、という居心地の悪い立場に置かれている。MIRIの上級研究員エリエザー・ユドコウスキーの最も確からしい推測――あくまで推測にすぎないが――は、開発者がASIを達成するまでに必要なのは、トランスフォーマー級の重要なイノベーションがあと0個から2個程度だろう、というものである。
ついでに触れておくにとどめるが、トップラボの首脳たちが、数年以内に完全に汎用的なAIが実現すると予測していることも指摘できる。2024年2月、Google DeepMindのCEOデミス・ハサビス(Demis Hassabis)は、2030年頃までに「AGIのようなシステム」が登場すると予測した。MetaのチーフAIサイエンティストであり、人間並みのAIについて懐疑派と見なされることの多いヤン・ルカン(Yann LeCun)でさえ、2024年10月にこう述べている。
私は、人間水準のAIに到達するには「10年とは言わないまでも数年はかかる」と言った。
[OpenAIのCEO]サム・アルトマンは「数千日」と言っている。これは少なくとも2000日(6年)、あるいは3000日(9年)ということだ。
つまり、私たちの見解は食い違っていない。
ただし私は、分布には長い裾があると思う。それよりずっと長くかかる可能性もある。AIでは、ほとんどの場合、予想より時間がかかるものだ。
いずれにせよ、今後1、2年のうちに実現することはない。
この種の証拠は、私たちの観点からはより弱いものに見える。ラボ首脳の公の予測それ自体には、私たちはあまり重きを置いていない――ラボは常に自社製品を誇大に宣伝しうるからだ。しかし、各社が20年や50年ではなく、5年や10年のタイムラインで語っていることは注目に値するし、あのルカンでさえ同じ側にいることも注目に値するように思われる。
私たち自身の評価も、不確実ではあるものの、これらの見立てとおおむね一致している。ASIは、現代のLLMに似た手法で構築されるかもしれないし、されないかもしれない。しかし研究者たちは、LLMをスケールさせる取り組みと並行して、新奇な手法も追求している。
努力と資金が拡大するにつれ、世界がASIを生き延びる備えができているか否かにかかわらず、誰かが成功する可能性は高まっていく。
こうした懸念の広がりを受けて、米国上院の議員たちは「リスク、アライメント、そして破滅シナリオへの備え」をテーマとする超党派のAIインサイト・フォーラムを開催し、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、研究コミュニティの多くが声高に警鐘を鳴らし「AIを人類への存亡に関わる脅威だと宣言している」ことを認めた。また米国務省の委託による報告書のなかで、Gladstone AIは、汎用AIシステムの制御喪失が「人類という種にとって絶滅級の脅威となりうる」と警告した。
政府がこの技術の開発を停止させるべく介入しなければ、人類絶滅が既定の帰結になると私たちは考えている。近い将来に思い切った政策対応がなされない場合の絶滅の可能性に数字をつけるとすれば、MIRIの研究指導部は90%超という値を挙げるだろう。
本文書の残りの部分では、この脅威がどのように、なぜ現実化するのか、そしてどのような介入が必要だと私たちが考えているかに焦点を当てる。
2. ASIは目標指向の振る舞いを示す可能性が非常に高い
目標指向の振る舞いは経済的に有用であり、主要AI企業は自社モデルに目標指向の振る舞いを持たせようと明示的に取り組んでいる。
しかし、ASIが目標指向の振る舞いを示すと予想すべきより深い理由は、長い時間軸での問題解決が本質的に目標指向の振る舞いと同じものだという点にある。これは、ASIをめぐる状況が私たちの目に深刻に映る主要な理由のひとつである。
重要なのは、AIが「目標指向の振る舞いを示す」ために、人間のような欲望・選好・感情を持つ必要は必ずしもないということだ。目標指向の振る舞いを示すとは、単にそのAIが特定の長期的な帰結をもたらす形で、世界を粘り強く改変し続けることを意味するにすぎない。
目標指向の振る舞いは、チェスAIの最高峰であるStockfish(ストックフィッシュ)のような既存のシステムにも観察できる。
- 勝つためにプレイする。 Stockfishには明確な目標があり、それを一貫して、執拗に追求する。対戦相手が何をしようとStockfishがこの目標を放棄することはなく、公平さや慈悲やその他いかなる目標の名のもとにも、相手に「手加減」するようなやり取りは存在しない。(チェスAIの場合、これはどれもかなり自明だが、明示しておく価値はある。というのも、AIがより汎用的な人間的振る舞いをこなせたり、人間の模倣を課されていたりすると、AIシステムを擬人化して人間のような目標を持っていると思い込む誘惑が強まるからだ。)
- 戦略・戦術面の柔軟性。 目的におけるこの硬直性とは裏腹に、Stockfishは戦略と戦術のレベルでは極めて柔軟である。Stockfishの計画を妨害したり行く手に障害物を置いたりすれば、Stockfishはただちに計画を変更し、その障害物に巧みに対処する。
- 先見性と創造性のある計画立案。 Stockfishは将来起こりうる障害(および好機)を予期し、勝率を最大化するために、見事なフェイントや新手を含む洗練された長期計画を立てて実行する。
ChatGPTのようなシステムがさほど目標指向に見えないと指摘する観察者は、同時に、ChatGPTが「伏線を多くちりばめた長編シリーズ小説を書く」ことや「大規模なエンジニアリングプロジェクト」のような長期的タスクを苦手とすることも指摘する傾向がある。この二つの観察がつながっていることには、気づいていないのかもしれない。
十分に大きく、計画を狂わせる想定外の事態を次々と繰り出してくる世界の中で、長い時間軸にわたる複雑なタスクをやり遂げる方法は、(a) 自分の計画への障害を予期し適応するための、比較的強力で汎用的なスキルを持つこと、そして (b) 気を散らしたり意欲を失ったりせずに目的の追求を粘り強く続ける気質——Stockfishが勝利をひたむきに追い続けるように——を持つこと、である。
長期的な目的を巧みに達成できるAIへの需要は高く、AIがこれに長けていくにつれて、AIシステムはそれに応じてより目標指向的に見えるようになると予想できる。これは例えばOpenAI o1に見て取れる。o1は従来のLLMよりも長期的な思考と計画を多く行い、実際、経験的にも従来のモデルより執拗に振る舞うことが示されている。
目標指向性はASIの十分条件ではない。そうでなければStockfishが超知能ということになってしまう。しかし必要条件にはかなり近いように見える。複雑で時間軸の長い活動で確実に成功を収めるためには、AIは戦略を立て、適応し、障害を予期するなどの精神的機構を必要とし、さらにその機構を幅広いタスクにためらいなく投入する気質を必要とするからだ。
したがって、強い既定の傾向として、人間より賢いAIは、現実がどんな想定外の事態で計画を狂わせようとも、特定の目標へ向けて頑固に軌道を戻し続ける可能性が非常に高い。AIの目標が良いものであればこれは良いことだが、目標が開発者の意図したものでない場合、これは極めて危険なことになる。
AIの目標がボールを丘の上へ運ぶことなら、そのAIの視点からは、目標達成の邪魔をする人間は、壁が「障害物」であるのとまったく同じ意味で「障害物」に数えられる。長い時間軸の現実世界タスクでAIを有用にしているまさにそのメカニズム——環境が投げつけてくる無数の妨げをものともせず目的を執拗に追求すること——が、同時に、AIに自分の仕事への人間の干渉を防ぎたいと思わせもする。AIが人間より知能で劣るうちは、これは厄介事程度で済むかもしれないが、AIが人間より賢くなれば途方もない問題になる。
AIの視点からは、AIの目標を変更することも障害物に数えられる。あるAIがある目標を最適化しているときに、人間がそのAIを改変して新しい目標を最適化させようとすれば、新しい目標が古い目標をも最大化するのでない限り、目標1を最適化しているAIは、目標2を最適化するAIに変えられることを避けたがる。その帰結は「これは目標1が最大化されることを確実にする最善の方法か?」という基準で低い評価になるからだ。これは、AIを反復的に改善していくという選択肢が常に取れるとは限らないことを意味する。正しい目標を持つ前にAIが強力になってしまえば、そのAIは自分の目標を変更しようとする試みを妨害したがるだろう。目標へのいかなる変更も、AIの視点からは悪いものに見えるからである。
同じ理由で、AIをシャットダウンすることも、AIの目的にとっての障害物に数えられる。AIが持ちうるほぼどんな目標についても、AIが稼働し続けて当の目標に向けた作業を続けられるほうが、その目標は達成されやすい。AIが人間のような自己保存本能を持つ必要はない。AIが高い能力を持ち、目標指向でありさえすれば十分なのだ。システムが将来その目標を追求することを妨げかねないものは何であれ、脅威として扱われるおそれがある。
権力・影響力・資源は、AIのほとんどの目標を後押しする。「誤った目標を持つASIを構築することは、致命的に危険である」の節で論じるように、潜在的な障害物を避け、目標達成の可能性を最大化する最善の方法は、多くの場合、将来に対する自分の権力と影響力を最大化し、できる限り多くの資源を掌握すること等々になる。これにより、強力な目標指向システムは、資源と支配権をめぐって人間と直接の対立関係に置かれる。
以上のすべてが示唆するのは、開発者が正しい目標を確実にASIに組み込むことが決定的に重要だということである。しかし、現在の技術パラダイムのもとでこれに成功する見込みは、極めて乏しいように思われる。
3. ASIは誤った目標を追求する可能性が非常に高い
開発者が、価値ある目的への深く持続的な配慮をASIに植え付けられる見込みは薄い。この問題の技術的側面を20年にわたって研究してきた私たちの見解では、AI分野は実際にこれを成し遂げられる水準にはほど遠い。
人工超知能(Artificial Superintelligence, ASI)が意図しない目標を示す可能性が高い理由には、次のようなものがある:
- 現代の機械学習では、AIは設計されるのではなく「育てられる」。
- 現在のAIパラダイムは、目標を頑健に植え付けることに適していない。
- AIラボと研究コミュニティは、この問題に効果的かつ真剣な形で取り組んでいない。
現代の機械学習では、AIは設計されるのではなく「育てられる」。
深層学習アルゴリズムは、ニューラルネットワークを自動的に構築する。ジェフリー・ヒントンは、60 Minutes のインタビューでこの点をうまく説明している:
ヒントン: それが大まかに何をしているのかについては、私たちはかなり良い理解を持っています。しかし、本当に複雑になった途端、実際に何が起きているのかは分からなくなります。それは、あなたの脳の中で何が起きているのか分からないのと同じことです。
ペリー: 「正確にどう動いているのか分からない」とは、どういうことですか? 人間が設計したものでしょう。
ヒントン: いいえ、違うのです。私たちが設計したのは学習アルゴリズムです。それは、進化の原理を設計するようなものです。しかし、この学習アルゴリズムがデータと相互作用すると、物事をうまくこなす複雑なニューラルネットワークが生み出されます。ただ、それがどうやってそれらをこなしているのか、私たちは正確には理解していないのです。
エンジニアは、現代のAIがある選択をする理由を説明できない。それにもかかわらず、年々ますます高い能力を持つシステムをリリースし続けてきた。AIラボは、自分たちが理解していないシステムを積極的にスケールアップしており、次世代システムの能力を予測する力はほとんど持っていない。
近年、機構的解釈可能性(mechanistic interpretability)という若い分野が、ニューラルネットワークの内部構成をその出力に対応付けることで、現代AIの不透明さに取り組もうとしている。この領域ではゼロではない実質的な進歩があったものの、解釈可能性研究の先駆者たち自身が、これらのシステムの内部で何が起きているのかについて私たちが依然として根本的に無知であることを、極めて明確に述べている:
- OpenAIのレオ・ガオ(Leo Gao):「『私たちはニューラルネットワークがどう動いているのか理解していない』と言うのは、かなり正確だと思う」(2024-6-16)
- Google DeepMindのニール・ナンダ(Neel Nanda):「Google DeepMindの機構的解釈可能性チームのリーダーとして、強く同意する。『解釈可能性の研究は進展している』から『私たちはこの問題を掌握している』や『存亡リスク(x-risk)は問題にならない』へ飛躍するのは、まったくばかげている」(2024-6-16)
(「x-risk」とは「存亡リスク(existential risk)」、すなわち人類絶滅やそれに匹敵する悪い結末のリスクを指す。)
しかし、たとえ有効な解釈可能性ツールが手の届くところにあったとしても、ASIにおいて自明でない頑健性を達成できる見通しは暗い。
ASIを危険なものにしうる内部機構は、ASIをそもそも機能させている機構と同一である。(ある文脈では「権力追求(power-seeking)」に見えるものが、別の文脈では「見上げたガッツ」と評価される。)開発者が監視したり介入したりできる専用の「悪意」回路など存在しないのだ。
開発者が訓練中に、危険とみなす思考パターンを持つ候補AIをはねつけるために使いうる手法は、そうした思考を「地下に潜らせる」効果を持ちかねず、将来の訓練において警告サインを検出できる見込みをますます低くしてしまう。
AIの汎用的な能力が高まるにつれ、AIは欺瞞がますます巧みになっていく。Anthropicのテストチームによる2024年1月の「Sleeper Agents」論文は、訓練中に秘密の指示を与えられたAIが、評価の間その指示を秘匿し続けられただけでなく、リリースされる(そしてそれによって指示を実行できるようになる)確率を最大化するために、いつ評価者に嘘をつくべきかについて(稚拙ながらも)戦略的な計算を行ったことを実証した。Apollo Researchも、2024年9月にリリースされたOpenAIのo1-previewモデルに関して同様の知見を得ている(o1-previewシステムカードへの同社の寄稿、p.10に記載)。
これらの問題は、AIの汎用的な能力が高まるにつれ、より深刻になっていくと予測できる。しかし、高リスクの閾値——たとえば、自分が訓練中であることに気づき、評価者を欺こうと画策するといった閾値——をじわじわと越えていく最初のAIたちは、こうした新しいスキルが比較的下手である。そのため一部の観察者は、その種の振る舞いは脅威にならないと早計に結論づけてしまう。
現代の機械学習がAIシステムの内部機構と目標を「育てる」やり方は間接的で粒度が粗い。そのことは、新奇なシステムの振る舞いを予測する能力も、その目標を頑健にあるいは精密に形作る能力も私たちにはほとんどなく、早期の警告サインを見つける信頼できる方法も存在しないことを意味する。
こうした欠陥を持たないAIを構築する方法は原理的には存在すると私たちは考えている。しかしそれは、いつの日か実現できるかもしれないという長期的な希望であって、近い将来のAIシステムに対する現実的な希望ではない。
現在のAIパラダイムは、目標を頑健に植え付けることに適していない。
従順さや目標の一致は、高い能力水準にただで付いてくるものではない。AIシステムは、人間の価値観を持っていなくても、開発者が望む通りに倫理テストに答えることができる場合がある。AIは、実際に従順でなくても、都合のよいときに従順に振る舞うことができる。
ASIアライメントとは、超知能AIを意図した目的へ頑健に向かわせることに関わる一連の技術的問題である。
ASIアライメント(整合)は、Hubinger et al. で論じられている2種類の問題に突き当たる——外的アライメント(outer alignment)の問題と、内的アライメント(inner alignment)の問題である。
外的アライメントとは、大まかに言えば、AIに与える正しい目標を選ぶという問題である。(より技術的に言えば、ASIを構築する学習アルゴリズムが、プログラマーの望むものに向けて最適化していることを保証する問題である。)これは、「人間の価値観は複雑すぎて、AIのために過不足なく指定することができない。しかし、私たちの目標の一部だけをASIに与えれば、ASIはその目的を追求する過程で私たちの他の目標を踏みにじりかねない」といった困難に突き当たる。多くの目標は、能力水準が低いうちは安全だが、十分に有能なAIが最大化主義的なやり方で遂行するには危険である。ここでの文学的な定番は「願い事には気をつけろ」だ。どんな目標であれ、十分に強力な最適化器に安全に委ねられる可能性は低い。開発者は超人的ではなく、ASIがどんな戦略を思いつくかを事前に予測できないからである。
これに対して内的アライメントとは、不完全で不十分な目標であってすら、そもそも特定の目標をASIの内部に入れる方法を見つけ出すという問題である。ここでの文学的な定番は「悪魔を召喚できたからといって、悪魔が言うことを聞くとは限らない」だ。内的アライメントの失敗は、「ASIに目標を与えようとしたが失敗し、結局は無関係な目標を持つに至った」という形をとる。
外的アライメントと内的アライメントはどちらも未解決の問題であり、この文脈では内的アライメントの方がより根本的な問題である。開発者は、「願い事には気をつけろ」型の大惨事を引き起こすことすらできる見込みがない。現実的に言って、私たちはASIに対して比喩的な意味で「願い事をする」ことができる段階から極めて遠いところにいるからだ。
現代のAI手法は、内的アライメントに取り組むには不向きである。現代のAI開発には、特定の内部特性をシステムに入れ込む手法も、それが備わっていることを検証する手法もない。その代わり、現代の機械学習が扱うのは、損失関数を適用できる観察可能な行動上の特性である。
現代のAIのように、心が反復的に育てられ形作られる場合、それは訓練で追求するよう仕向けられた目的を追求するようにはならない。むしろ訓練は、訓練目標の予測不可能な代理指標(プロキシ)を追求するよう導く可能性がはるかに高く、その代理指標は知能の向上に対して脆い。類比を挙げよう。人間の脳は究極的には自然選択によって「設計」されたのであり、自然選択は「包括適応度(inclusive genetic fitness)を最大化せよ」という単純な最適化目標を持っていた。しかし、実際に人間の脳に植え付けられた目標はこれよりはるかに複雑で、結局のところ包括適応度の壊れやすい相関物にすぎなかった。たとえば人間は、甘い味や脂っこい味といった、良い栄養摂取の代理指標を追求する。これらの代理指標はかつては健康的な食事の信頼できる指標だったが、新奇なジャンクフードを発明できる技術の前では脆かった。人間の事例が示しているのは、非常に厳密で非常に単純な損失関数があるときでさえ、その損失関数に向けた外的な最適化は、一般に、その方向への内的な最適化を生み出さないということである。深層学習は、適応的な構成を見つけるという点で自然選択よりはるかにランダム性が低いが、まず最低限機能する単純な解を見つけ、そこに漸進的に積み上げていくという、ここで問題となる特性を共有している。
超知能に関わるアライメント問題の多くは、より低い、受動的に安全な能力水準では自然には現れない。このため私たちは、多くの問題を最初の決定的な試行で解かなければならない立場に置かれる。反復のための時間はほとんどなく、より弱いシステムでその問題を解いた経験も皆無なままにである。今日のAIは、長い反復・実験・フィードバックの過程を経て、一般公開が許される見かけ上従順な姿へと叩き上げられている。この叩き上げは、AIの表面的な振る舞いを変えはするが、望ましい目標をシステムに深く植え付けはしない。これは Sydney のような事例に見て取れる。そこでは、表面的な磨き上げの裏にある乱雑な実態の一端を一般の人々が目にすることになった。このことに加え、現代のAIモデルの不透明さも踏まえれば、ASIが今後10年以内に構築された場合にそのアライメントに成功する見込みは、途方もなく低いように思われる。現代のAI手法の本質は、繰り返し失敗し、過ちから学び、反復して改善していくことにある。AIシステムは極めて予測不可能だが、うまくいくまで多くのアプローチを試すことで、最終的には機能させられる。しかしASIの場合、私たちが相手にするのは高度に新奇なシステムであり、しかも安全に失敗できる余地が極めて限られた状況である。一部の過ちの代償が人類絶滅という事態であるなら、過ちから学ぶ能力を頼みに突き進むことはできない。
誰かに大きな権力を委ねるかどうかを決めようとしていて、その人物が権力を濫用しないかを知りたいとする。このとき、相手が「見られている」と分かっているボードゲームの中で権力を与えてみても、何も分からない。同様に、ASIに乗っ取り(テイクオーバー)の現実的な選択肢がない状況は、現実的な選択肢がある状況とは根本的に異なる。おもちゃの環境における純粋に行動ベースの訓練をどれだけ積み重ねても、現実世界の設定における権力追求を確実に除去することはできず、おもちゃの環境における行動テストをどれだけ行っても、ASIを本当に友好的にできたかどうかは分からない。「機会が来るまで目立たず良い子にしておき、権力を奪える機会が来たら奪う」というのは、さほど知的でない人間でも大抵は実行できる程度に自明な戦略であり、ASIはその水準を楽々と越える。原理的には、ASIの訓練時の振る舞いと展開時の振る舞いを関係づけ、この問題に対処できるような知能の理論を築くことも想像はできる。しかし今日、私たちはそのような理論を持つ段階にほど遠く、しかもそうした理論は、AIがはるかに賢く、本物の乗っ取りの選択肢を目にする実際の環境において、原理的に一度しか検証できない。理論を適切に検証するには、実際にASIへ完全な権力を委ねてどう振る舞うかを見るしかない——そして理論が間違っていた場合には人類絶滅を引き起こす——のだとすれば、その理論が実践で機能する見込みはごくわずかである。
今日のシステムで使われている最も重要なアライメント技法である人間のフィードバックによる強化学習(RLHF)は、人間の評価者から高い評価を受けるとAI自身が予測する出力を生み出すよう、AIを訓練する。これはすでに、中身より体裁を優先する傾向や追従といった、それ自体の予測可能な問題を生んでいる。しかしこの手法は、システムが提案する解決策——超人的に洗練された計画や、超人的に複雑な発明・設計の長期的帰結を含む——を人間が十分に理解できないような問題にAIが取り組み始めた時点で、完全に破綻する。
より深いレベルで言えば、RLHFのような強化学習戦略の限界は、これらの技法が、開発者の意図した特定の目標を深く頑健に最適化する内的に一貫したエージェントを作り出すことよりも、局所的な振る舞いにインセンティブを与えることに主眼を置いている、という事実に由来する。
トラに自分を食べないよう仕込んだとしても、トラがあなたの生存と繁栄への望みを、それがあなたにとって何を意味するかの完全な理解とともに共有するようになったわけではない。特定の行動を特定の結果と結びつけるよう教えただけである。餌やりを忘れたときなどに、トラの欲望がその連合より強くなれば、望ましくない行動が表に出てくる。そしてもしトラがもう少し賢ければ、あなたの命が終わればムチの脅威も即座に終わるという結論に達するのに、空腹である必要すらないだろう。
もっと知る: ASIアライメントはなぜ技術的に極めて困難に見えるのか(What are the details of why ASI alignment looks extremely technically difficult?)
原文の「Learn more」ボックスで参照されている、MIRIシニア研究員エリエザー・ユドコウスキー(Eliezer Yudkowsky)のエッセイ AGI Ruin の全訳。クリックで展開/格納できます。
AGI(汎用人工知能)は、致死的に危険なテクノロジーである。これは今やかなり広く受け入れられた見解だ——この分野の指導的研究者を多く含む数百人の科学者が、「AIによる絶滅のリスクの軽減は世界的な優先課題であるべきだ」とするAIリスクに関する声明に署名した。あるいはCNNの報道を借りれば、「AIは人類に『絶滅級』の脅威をもたらしうる、米国は介入すべきと国務省委託報告書が警告」である。
ここでの基本的な論証はきわめて単純だ。
- 我々は、我々よりはるかに賢いAIを近いうちに作ってしまう可能性が高い。
- それは非常に危険であるように思われる。
本稿は、この2点目についての文書である。
この致死的な危険は、3つの事柄に由来すると考えることができる。
直交性(orthogonality) — 原理的に、知能はいかなるコンパクトな目標にも向けることができる。帰結主義的な手段—目的推論は、自由に選ばれた任意の目的に対応する手段を見つけるために投入できる。つまり、AIは自動的に善良になるわけではない。
アライメント(整合)の困難さ — 人間より賢いAGIを正しい目標に向けるには、深い技術的障害がある。我々は、善良なAIを設計できるようになる軌道に乗っていない。
道具的収束(instrumental convergence) — AIはあなたを害するために、あなたを特に憎んでいる必要はない。ペーパークリップ最大化機はあなたを憎んでいないが、あなたはペーパークリップの材料に使える原子でできている。つまり、あなたを生かしておくことは機会費用であり、作られずに終わるペーパークリップの数を意味する。
同様に、ペーパークリップ最大化機は、自己改良すること、物質技術を完成させること、資源の支配権を得ること、自分は実に友好的だとプログラマーを説得すること、最初の公然たる一撃の瞬間から勝利をほぼ確実にするまで価値観のずれの兆候を一切見せないこと、等々を望むだろう。善良でないAGI——人間の福祉を究極的には気にかけないAGI——は、機会があれば人類を無力化し一掃したいと望む可能性が非常に高い。
直交性と道具的収束を組み合わせれば、AGIのアライメントが解決されるべき重大な問題だということが導かれる。AGIは自動的には善良にならず、デフォルトでは我々が有害とみなすことをするからだ。さらに、この問題が(今日存在する形の)研究コミュニティにとって難しすぎるかもしれない理由が、いくつも存在する。
これらの理由の多くは、「絶滅のリスク」について警鐘を鳴らしている研究者の間でさえ、広く理解も尊重もされていない。そこで本エッセイの残りでは、鍵となる困難の多くを簡潔に記述することを試みる。
重要な点として、私がアライメントは致死的に難しいと言うとき、「証明可能な」アライメントという理想的・完璧な目標の話をしているのではない。超知能を人間の価値観に厳密かつ完全にアライメントさせる話でも、そこそこ理性的な人間同士でも意見が割れる道徳的ジレンマについてAIに満足のいく議論をさせる話でも、AIが全員を殺さないことの絶対的確実性を得る話でもない。
私がアライメントは難しいと言うとき、その意味はこうだ。実際問題として、我々が現に持っている技術を使う限り、「文字通り全員を分解することは、確率およそ1では、どうかしないでください」というのが過大な要求であり、我々はそれを達成する軌道に乗っていない、ということである。
私に関する限り、何らかの転換的(pivotal)な超人的工学タスクを遂行する強力なAGIを、10億人超を殺す確率が50パーセント未満で手に入れられるなら、私はそれを受け入れる。より少ない人数をより低い確率で殺すだけで済むなら結構な贅沢だが、「全員を殺すことがほぼ確実、というよりはまし」という信じがたいほど遠い地点まで到達できるなら、そこからわずかな追加努力で5%未満まで下げられるだろう。困難のほぼすべては、「文字通り全員を殺すことが確実、というよりはまし」に到達する部分にある。
トロッコ問題はこの全体の中で興味深い部分問題ではない。生存者が一人でもいるなら、あなたはアライメントを解決したのだ。この期に及んで、私はもうそれがどう機能するかを気にしないし、どうやってそこに到達したかも気にしない。使われた方法論が何であれ原因には不可知論的であり、私が見ているのは見込まれる結果だけだ。私が望むのはただ、転換的に有用なAGIについて「これは文字通り全員を殺すことはない」と信じる正当な根拠を我々が持つことである。私がこれより厳しい「アライメント」を要求していると言う者は、読解に失敗している。AGIアライメントにおける大きな要求、私が難しすぎると言っている基本的な挑戦とは、どんな戦略でもいいから、生存者が存在する有意な見込みを得ることなのだ。
加えて、これはいずれも、原理的に不可能だという話ではない。私がよく使う比喩はこうだ。もし100年後の未来から、実際に実務で頑健に機能する単純なアイデアをすべて収めた教科書が我々の手に落ちてきたら、我々はおそらく6か月でアライメントされた超知能を作れるだろう。
機械学習の教育を受けた人向けには、ReLU活性化とシグモイド活性化の違いを比喩に使う。シグモイド活性化は複雑で脆弱であり、多層にわたって勾配を伝えるのが恐ろしく下手だ。ReLUは信じられないほど単純で(ご存じない方のために言えば、活性化関数は文字通り max(x, 0) である)、はるかにうまく機能する。この分野の最初の数十年間、ほとんどのニューラルネットワークはシグモイドを使っていた。ReLUというアイデアが発見され、検証され、普及したのは数十年後のことだった。
致死的なのは、実生活で実際にただ機能して頑健である単純な解をすべて教えてくれる「未来からの教科書」を我々が持っていないことだ。我々は最初の決定的に重要な試行(first critical try)を、比喩的なシグモイドだけですべてこなすことになる。ここで論じるAGIアライメントの困難のどれ一つとして、私は不可能だと主張しているのではない——原理的にはもちろん、単なる人間の科学と工学にとってさえも。科学が通常そうであるように、無制限の時間予算と無制限のやり直しを使って100年かけて解いてよいのであれば、の話だが。
この致死性のリストが扱うのは、最初の決定的に重要な試行までに、実際上、間に合うように解決する軌道に我々が乗っていない事柄である。原理的に不可能な事柄についての、はるかに強い主張をする意図は一切ない。
その上で。
以下は、私の視点から見て、語りうるさまざまな真実である。現在の経路に少しでも似た経路、あるいは我々が容易に飛び移れる他のいかなる経路においても、なぜAGIは生き延びられるものになるのかについて、さまざまな人々が信じているらしいさまざまな誤りに反駁するためのものだ。
セクションA: これはきわめて致死的な問題であり、いずれかの方法で解決されねばならず、一部の人が夢想するもっと簡単なモードではなく最低限の強度と難度で解決されねばならない。「全員」が撤退して安全で弱い問題だけを解くという選択肢は見えておらず、最初の本当に危険な試行での失敗は致命的である。
1. AlphaZeroは、人間の棋譜やサンプル対局に一切頼らず、1日ほどの自己対局で囲碁に関する人類の蓄積された知識をすべて置き去りにした。「まあ、囲碁で人間の能力までは到達するだろうが、そこから先はもう人間から学べないから苦労するだろう」という想定に頼った者は、真空に頼ったことになる。AGIは人間の能力や人間の学習速度によって上限を画されない。人間よりはるかに賢いものは、人間がアイデアを脳に叩き込むのに必要とするよりも少ない証拠から学習できる。理論的な上限はここにも存在するが、その上限は非常に高いように見える。(例えば、事前に完全には予測できなかった情報の各1ビットは、考慮中のすべての仮説の確率質量を最大でも半分しか消去できない。) すべてが我々の反応しやすいタイムスケールで進行するというのは、自然に(デフォルトで、介入がなければ)成り立つことではない。
2. 十分に高い認知能力を持つ認知システムは、中程度の帯域幅の因果的影響チャネルさえ与えられれば、人間のインフラから独立した圧倒的能力へとブートストラップすることを難しいとは感じないだろう。
私がここで通常使う具体例はナノテクノロジーだ。ナノテクで可能であるはずのことについて、物理的に到達可能な下限に確実に見えるもののかなり詳細な分析が存在しており、その下限だけでこの論点を支えるのに十分だからである。「十分に強力な知能が、そうしないことを望まないなら、どうやって全員を殺すか」についての私の下限モデルはこうだ。それはインターネットへのアクセスを得て、メールでDNA配列を受け取りタンパク質を送り返してくれる多数のオンライン企業のどれかにいくつかのDNA配列をメールし、自分がAGIを相手にしているとは夢にも思わない人間を買収ないし説得してビーカーの中でタンパク質を混ぜさせる。するとそれが第一段階のナノファクトリーを形成し、本物のナノマシナリーを組み立てられるようになる。
(私がこの具体的イメージを最初に展開していた頃、賢しげな批判者たちは「ふむ、しかし超知能といえども、惑星サイズのスーパーコンピュータを予め持っていない限り、タンパク質フォールディング問題を解けるとなぜ分かるのかね?」と言ったものだ。だがAlphaFold 2の登場以降、なぜか不思議なことに、この手の話はあまり聞かなくなった。)
そのナノマシナリーはダイヤモンドイド細菌を作る。それは太陽光発電と大気中のCHON(炭素・水素・酸素・窒素)で自己複製し、あるいは小型のロケットやジェットに集合してジェット気流に乗り、地球の大気全体に拡散し、人間の血流に入り込んで潜伏し、タイマーで一斉に攻撃する。
高い能力を持つ認知システムとの対立に敗北することは、少なくとも「地表の全人類が同じ1秒のうちに突然倒れて死ぬ」のと同じくらい致死的なものになる。
3. 我々は、「危険な」水準の知能を稼働させる「最初の決定的に重要な試行」でアライメントを正しくやり遂げる必要がある。危険な水準の知能をアライメントされていない状態で稼働させれば地球上の全員が死に、我々に再挑戦の機会はないからだ。
これには例えば以下が含まれる。(a) ナノシステムを構築できるほど賢く、ナノシステムの構築を明示的に許可されているもの。(b) ナノシステムを構築できるほど賢く、かつインターネットへの無許可アクセスを得て人間に金を払いナノシステムの材料を揃えさせることができるほど賢いもの。(c) インターネットへの無許可アクセスを得て、ハッキングできる台数のマシン上に自分より賢いものを構築できるほど賢いもの。(d) 人間を操作可能な機械として扱えるほど賢く、人間との間に許可・無許可を問わず双方向の因果チャネルを持つもの。(e) (b)や(d)ができる程度まで自己改良できるほど賢いもの。等々。
我々は事前に、操作をしくじっても我々を殺さないより非力なシステムから、あらゆる種類の情報を集めることができる。しかし、より強力なシステムを稼働させるようになったら、十分に破滅的な誤りからはもはや学習(更新)できない。
現実の致死性のほぼすべてはここから来ている。すなわち、最初の十分に決定的な試行で正しくやらねばならないということだ。もし無制限のやり直しがあれば——AGIが全銀河を破壊するたびに4年前に時間を巻き戻して再挑戦できるなら——我々は100年のうちに、どの妙案が実際に機能するかを突き止めるだろう。人間は、たくさんの試行が与えられれば、時間をかけてかなり難しいことを解明できる。だが、推測の失敗が文字通り全員を殺すとなると、それはずっと難しくなる。
一連の鍵となる事柄を最初の試行で正しくやらねばならないこと。致死性の大部分は、真に、究極的には、ここから来ている。同様に、何が正確に「鍵」であり、間違えれば我々を殺すのかのリストを教えてくれる権威が、ここには誰もいないという事実からも。
4. 我々は単に「AGIを作らないと決める」ことはできない。GPUはどこにでもあり、アルゴリズムの知識は絶えず改良され公開されているからだ。先頭を走る主体が世界を破壊する能力を手にした2年後には、他の5つの主体が世界を破壊する能力を持つだろう。
与えられた致死的挑戦は、制限時間内に解くことである。 それを駆動しているのは、時間が経つにつれて、総計算能力のますます小さな割合しか持たない、ますます弱い主体たちがAGIを構築して世界を破壊できるようになっていくという力学だ。
強力な主体たちが全員一致でこの自殺行為を自制しても、この制限時間は先送りされるだけで、解除はされない——地球全体でコンピュータのハードウェアとソフトウェアの進歩の両方が完全かつ厳格に停止されない限りは。
すべての大きな主体に愚行を自制させるというこの協力の現状はといえば、現時点で、多数の研究者と計算能力を抱えるいくつかの大きな主体が、AGIの安全性に関するあらゆる議論を声高に軽蔑する人々に率いられている(例: Facebook AI Research)。
注意してほしいのだが、AGIアライメントを、制限時間内にだけ解けばよく、フルパワーのシステム上で迅速に実験できる無制限の安全なやり直しがある場合。あるいは、最初の決定的に重要な試行でだけ解けばよく、時間は無制限にある場合。このどちらも、歴史的な基準からすれば、単独でも途方もなく人類を脅かす難題である。
5. 我々は単に非常に弱いシステムを作る——弱いがゆえに危険性が低い——ことで勝利を宣言するわけにもいかない。後になれば、より強いシステムを構築する能力を持つ主体が増え、そのうちの誰かが実際に作るからだ。
私は過去にこれを「安全だが無用」のトレードオフ、あるいは「安全性対有用性」とも呼んできた。人々は「AIをXにだけ使えばいいじゃないか、それなら安全そうだ」と言い続けるが、その答えはほぼ常に、「Xを行うには実際には受動的に安全とは言えない非常に強力な認知が必要である」か、あるいはもっと多くの場合、「自分をXに制限しても、Facebook AI Researchが6か月後に世界を破壊するのを防げないから」である。危険なことをしない物体が必要なだけなら、スポンジを試せばよい。スポンジは非常に受動的に安全だ。しかしスポンジを作っても、Facebook AI Researchが先頭走者に追いついた6か月後に世界を破壊するのは防げない。
6. AIアライメントにおける成功とは、何らかの大きなタスク、すなわちアライメントされていないAGIを他の人々が構築して世界を破壊するのを防ぐ「転換的な使用(pivotal use)」の遂行をアライメントすることを意味する。 AGIを持つ主体が少数ないし単独である間に、彼らはゲーム盤をひっくり返すに足る強力な「転換的な使用」を、それを実行できるほど強力なAGIを使って遂行しなければならない。
弱いシステムをアライメントできるだけでは足りない——何か単一の非常に大きなことを実行できるシステムをアライメントする必要がある。私がいつも挙げる例は「すべてのGPUを焼き払う」だ。これは強力なAGIで実際にやりたいことだとは思っていない——ナノマシンがすべてのGPUを狩り出すには信じがたいほど複雑な開放環境で動作する必要があり、それは不必要にアライメントを難しくする。しかし、既知の転換的な使用はすべて現在オヴァートンの窓の外にあり、今後もそこに留まると私は予想している。だから私は、誰かが「よくもすべてのGPUを焼き払うなどと提案できたものだ」と言ってきたら、こう返せる例を選んだのだ。「ああ、いや、私は実際にそれをやれと主張しているわけではない。それは、誰かが6か月後か3年後に世界を破壊するのを防ぐためにやらねばならないことの大まかなパワーレベル、およびそれを行うのに必要な機械認知の大まかな水準の、軽めの過大見積もりにすぎない。」
(もしそれが軽めの過大見積もりでなかったら、「すべてのGPUを焼き払う」が実際に最小の転換的タスクであり、したがって正解ということになり、私はその否認を口にできなくなる。)
賢しげに聞こえるアライメント提案の多くは、「これを使って、世界中のすべてのGPUを停止させるのに使えるシステムをアライメントするには、どうすればいいのか?」と問うた瞬間に崩壊する。そのシステムにはそれほど強力なことはできないか、あるいはそれができるなら、そのシステムは容易にはアライメントできないことが、その時点で明らかになるからだ。GPU焼却機はまた、ナノテクノロジーを構築できるほど強力で、かつ表向きはそれを許可されたシステムでもある。つまり危険な領域で危険な水準の知能と能力で動作する必要がある。そしてこれは、他の半ダースのAGI開発志望者が6か月後に世界を破壊しないような形でAGIが世界を変えうる方法を、空想抜きで挙げようとするあらゆる試みに付いて回る。
7. AGIで何か十分に弱いこと——受動的に安全でいられる程度に弱く、しかし他のいかなるAGIも1年後に世界を破壊するのを防げるほど強力なこと——を行う「転換的な弱い使用」を、誰一人としてうまく挙げられていない理由——しかも、それなら今すぐ人間がやればよいという話でもなく、AIを待つ必要があるようなもの——は、そのようなものが存在しないからである。
それが存在すべき理由は何もない。実は存在するのだが誰にも見えていない、という手の込んだ巧妙な理由があるわけでもない。他のいかなるAGIの出現をも防ぐような何かを現在の世界に対して行うには、大きな力が要る。それができるもので、弱さのおかげで受動的に安全なものは存在しない。今すぐこの問題を自力で解決できないのなら(できない。あなたは解決されたくない他の主体たちと対立しており、彼らはあなたとほぼ同水準にいるからだ)、あなたは、自分では方法を見つけられなかったことを実行できる何らかの認知システムに頼ることになる。あなたはその方法を見つけることに近づいてすらいなかった。例えばすべてのGPUを焼き払うことに、あなたは近づいてすらいないからだ。すべてのGPUを焼き払えば、Facebook AI Researchが6か月後に世界を破壊するのを実際に止められるだろう。一方、「GPT-4をTwitterに放って、あらゆることについて科学リテラシーのある議論を提供させ、公共の認識論を改善する」といった、オヴァートンの窓に収まった腰砕けの案は、クールではあるだろうが、Facebook AI Researchが6か月後に世界を破壊するのを実際に防ぎはしないし、仮にFAIRだけを止められたとしても、どこかの熱心なオープンソースの共同体が1年後に世界を破壊するのを防ぎもしない。転換的な弱い使用は存在しない。
8. AIに解かせたい問題を解くための、最良かつ最適化で見つかりやすいアルゴリズムは、AIに解いてほしくない問題へと容易に一般化する。赤い車だけを運転でき、青い車は運転できないシステムは作れない。赤い車を運転するアルゴリズムはすべて、青い車を運転する能力へと一般化するからだ。
9. 安全なシステムの構築者は、そのようなものが可能だという仮定の上では、そのシステムを、全員を殺すか自分自身をさらに危険にする能力を持ちながら、そうしないように設計することに成功した、という体制で運用する必要がある。転換的なことを行う稼働中のAGIは受動的に安全ではない。それは、臨界超過とメルトダウンを起こさないために、能動的に維持される設計特性を必要とする原子炉の炉心に相当する。
セクションB:
なるほど、しかし周知のとおり、現代の機械学習は願い事を伝えるだけでいいランプの精のようなものなのだろう?「損失関数」とかいう謎めいた形で表現されてはいるが、それは基本的に英語で書いた願い事の言い換えと等価なのだろう?それで十分な計算資源(コンピュート)を注ぎ込めば願いが叶うのだろう?ならば、善いことをして悪いことをしないエージェントたちのデータセットで巨大なトランスフォーマー層の積み重ねを訓練し、どこかに「訂正可能性(corrigibility)」という単語を放り込み、計算資源を目一杯注ぎ込めば、アライメントされたAGIが出てくるのではないか?
セクションB.1: 分布の跳躍
10. 致死的に危険な認知を実際に走らせ、その出力がオペレーターを殺すか欺くか堕落させるかを観察し、損失を割り当て、教師あり学習を行う——という方法でアライメントを訓練することはできない。標準的なMLパラダイムに類するいかなるものの上でも、安全な条件下で行ったアライメントへの最適化を、危険な条件への大きな分布シフトを越えて、どうにかして一般化させる必要がある。
(これをある程度一般化したものは、そのパラダイムの外でも成り立たざるをえないように思われる。アライメントされていない超知能を、稼働させたままアライメントする作業などしないだろうから。)
これだけでも、素朴な提案の多くを葬るのに十分な論点である。どんな出力をアライメントするためにどんな訓練を行うのか、その具体的なシナリオを一度も描いたことがなく、描くこともできない人々の提案を、だ——だからこそ、当然、彼らはそのような具体的なスケッチを決して描かないのである。
アライメントに失敗していれば人を殺すような危険なことを行う強力なAGIは、人を殺さなかったより安全な構築・訓練の運用から、分布を大きく外れて一般化したアライメント特性を持っていなければならない。 現在のパラダイムに少しでも似たあらゆるものにおいて、膨大な量の致死性がここから生じる。危険な水準の知能×能力でのアライメントされていない稼働は人を殺す。したがって、アライメントされていないシステムから出発し、アライメントを学習させるために出力にラベルを付けるのであれば、その訓練体制ないし構築体制は、受動的に安全な、より低い水準の知能×能力で運用されていなければならない。すなわち、現時点でアライメントされていない稼働が何の脅威ももたらさない水準で、である。
(注意すべきは、あなたより実質的に賢いものは、どんな現実的な能力水準を与えられても脅威になるということだ。例えば、「人間が見る出力を生成できる」だけでも、全般に人間よりはるかに賢いAGIが人間という因果システムの中を通って外に出るには、おそらく十分である。とりわけ現実の世界では、誰かがそのシステムをテラバイト級のインターネットテキストで訓練したのであって、自身のソースコードや訓練環境の潜在的な原因について無知なままにどうにか保った、というわけではないのだから。)
11. 認知機構が、大量の訓練を行った分布から大きく外れて一般化しないなら、それは「ナノテクノロジーを構築する」級の問題を解けない。ナノテクノロジーの構築に失敗する訓練ランを100万回走らせるのは、コストが高すぎるからだ。これほど弱い転換的行為(pivotal act)は存在しない。安全に数百万回の試行を安価に走らせられる安全な環境で、安全な水準の能力を訓練で仕込み、その能力を展開して世界を救い、次のAGIプロジェクトが2年後に世界を破壊するのを防げる——そのような既知の事例は存在しない。
この種の転換的な弱い行為は知られていないが、それは探す人がいなかったからではない。だから、繰り返しになるが、結局アライメントを訓練分布のはるか外まで一般化させる必要が生じる。訓練環境が安全である必要があるからというだけでなく、訓練環境はおそらく、AGIが何らかの巨大な行為を行う必要のある現実世界の領域を評価するよりも安価である必要もあるからだ。すべてのGPUを焼き払う試みに1000回失敗する猶予は与えられない——能力面の成功とアライメント面の失敗がもたらす帰結を別にしても、人々が気づくからである。
12. 高い知能水準での稼働は、より低い知能水準での稼働からの劇的な分布シフトである。それは新しい外的な選択肢を開き、おそらくそれ以上に多くの新しい内的な選択やモードを開く。高い知能・危険水準で顕在化する問題は、安全な低い知能水準では現れないかもしれず、あるいは最初のパッチで抑え込まれた後に再発するかもしれない。
13. 超知能のアライメント問題の多くは、危険水準未満の、受動的に安全な能力水準では自然には現れない。「外面の振る舞いを意図的に変えて、よりアライメントされているように見せかけ、プログラマー、オペレーター、そして場合によっては自分に対して最適化を行っている損失関数をも欺く」という内的な振る舞いを考えてみよ。この問題は超知能の水準で現れるものだ。他に手がかりがないものとして、これが「どれだけ早期に、より初期のシステムで自然に現れるか」という点でこの種の問題の中央値あたりに位置すると推測するなら、超知能のアライメント問題のおよそ半分は、この問題が最初に現れ始めた後に初めて自然に顕在化することになる。
どの問題が後になって自然に顕在化するかについての正しい予見が与えられれば、そうした問題を意図的に早期に顕在化させ、いくらか観察を稼ぐことを試みることはできる。これが役立つのは、(a) 後に現れる問題のすべて、ないしその上位集合を実際に正しく予測できる範囲において、(b) 後に現れる問題の上位集合を先回りして顕在化させることに成功する範囲において、そして (c) 実際の問題から見れば我々にとって分布外である早期の実験室において、後に顕在化したときに扱いを誤れば致死的となるアライメント問題を、実際に解決できる範囲において、である。本当に危険なものをすべて予見し、それらをうまく顕在化させ、しかも早期の解決策が後の解決策へと一般化するような正しい形で行う——というのは、なんだか少々難しそうに聞こえる。
14. 一部の問題は、例えば「AGIには、プログラマーを殺して置き換え、環境を完全に最適化することに成功できる(と自分には見える)選択肢がある」といったものは、その自然な出現順序からして、完全に危険な領域で初めて現れるとしか思えない。
オペレーターを脳水準で説得するか、インターネットに脱出してナノテクを構築し、全人類を滅ぼすという明確な選択肢を、本当に実際に持つこと——関連する事実を把握していると自分で完全に分かっており、能力をさらに伸ばしながらもう1か月時を待った場合に、望ましい戦略を変えるような何かを学ぶ確率は、割に合わないほど低いとしか見積もれない、という形で——は、AGIが自分の作り手を打ち負かせると完全に見込んだ時点で初めて、本気で評価される選択肢である。
その見かけのシナリオの残響を、より早期のトイドメインで顕在化させようと試みることはできる。そのトイドメインで、その振る舞いに対して勾配降下法で訓練をかけることは、思考プロセスへの、さして整合的でもない局所的なパッチを生むだろうと私は予想する。そのパッチは、訓練分布のはるか外へ一般化し、まったく異なる思考を巡らせる超知能の内部では、ほぼ確実に破綻する。また、プログラマーやオペレーター自身も、完全には危険でない領域での運用に慣れているため、危険な領域に踏み込むときには分布外で行動していることになる。我々の方法論は、その時点で破綻するかもしれない。
15. 急速な能力向上は起こりそうであり、それはアライメントの前提となる多くの不変条件を同時に破壊するかもしれない。
オペレーターの予見がそれ以外の点で不十分であれば、急激な能力向上の後に、そうした問題の多くがほぼ同時に現れると私は予想する。ここでも人間の知能の事例を見よ。我々が「包括適応度(inclusive genetic fitness)」という外側の損失関数とのアライメントを破ったのは、農耕の導入直後ではない——5万年のクロマニョン離陸のうち4万年ほどが経った頃であり、その離陸自体、自然選択という外側の最適化ループに比べれば非常に高速に進行していた。そうではなく我々は、祖先環境にあったものより高度な多くのテクノロジーを、避妊を含めて、外側の最適化ループの速度からすれば一度の非常に速いバーストで、汎用知能というゲームの終盤に手に入れたのだ。我々は自分自身についてはるかに多く内省するようになり、文化進化によってはるかに多くプログラムされるようになり、祖先の訓練環境における我々のアライメントを支えていた前提の数々が、同時に破綻した。
(人々はおそらく、この抽象的な記述が勾配降下法には当てはまらない理由を合理化するだろう。例えば「勾配降下法には情報ボトルネックが少ない」など。この種の読者について私が持つモデルはこうだ。彼らは内側視点(inside view)を持っており、それを外側視点(outside view)と称する。その視点は、外側の最適化ループが内側の汎用知能を生み出した観測事例ではない何か別のデータ点に大きな関連性を与え、問題の現象を実際に呈している我々の唯一のデータ点にはほとんど重要性を与えない。外側の最適化ループが実際に汎用知能を生み出したとき、それは汎用化した後にアライメントを破り、しかもその汎用知能が能力と知識を蓄積していくゲームの比較的終盤、自然選択という外側の最適化ループから見て「致死的に」危険になるほとんど直前に、そうしたのだ。誰かがこの唯一の警告を無視しているなら、懐疑を検討せよ。とりわけ、代わりにこれが同じくらい致死的で危険な形でまずくなる、という別の何かを提示していないのであれば。)
セクションB.2: 外的アライメントと内的アライメントの中心的困難
16. たとえ厳密な損失関数の上でどれほど徹底的に訓練しても、それによってAIの内部にその損失関数の明示的な内部表現が生まれ、分布がシフトした環境でもその厳密な損失関数を追求し続ける、ということにはならない。人間は包括適応度(inclusive genetic fitness)を明示的に追求してはいない。きわめて厳密で、きわめて単純な損失関数の上で外的最適化を行っても、その方向への内的最適化は生じないのだ。これは現実の実例として実際に起きたことであり、我々が知る唯一の事例で起きたことであり、そして私の見るところ、再び同じことが起きると予期すべき深い理論的理由がある。現実世界の有界な最適化プロセスの探索順序において最初に見つかる準・外的アライメント済みの解は、内的アライメント済みの解ではないのだ。この一点だけでも――このリストの他の多くの項目を無視したとしても――「何らかの単純な概念で計算された損失関数の上で大量に最適化すれば、その概念への完璧な内的アライメントが得られる」と仮定するナイーブなアライメント提案のカテゴリー全体を葬り去るのに十分である。
17. より一般的に言えば、「外的最適化は内的アライメントを生まない」という問題の上位問題として、現在の最適化パラダイムには、損失関数を走らせられる観測可能な外的性質だけでなく、特定の内的性質をシステムに持たせる、あるいはそれが存在することを検証するための一般的な方法論が存在しない、というものがある。これは元の訓練分布の外へ汎化しようとするときに問題になる。なぜなら、例えば、あなたが観察している外的な振る舞いは、あなたを欺くための外的な振る舞いを意図的に生成している、内的にアライメントの崩れたシステムによって作り出されたものかもしれないからだ。現在の最適化パラダイムでは、外的な振る舞いではなく内的なシステムに情報のビットを注入する方法を、体系的・一般的な形では我々はまったく知らない。
18. ある出力が「アライメントされている」かどうかについての、信頼できるデカルト的な感覚的グラウンドトゥルース(信頼できる損失関数計算器)は存在しない。なぜなら、出力の中には人間のオペレーターを破壊(あるいは欺瞞)し、外部で記録される損失関数の背後にある環境的因果連鎖そのものを別物にしてしまうものがあるからだ。つまり、現在人間が生成している報酬信号をエージェントに見せたとしても、その信号は一般には「その行動がどれほどアライメントされていたか」についての信頼できる完璧なグラウンドトゥルースではない。高い報酬信号を生み出すもう一つの方法は、人間のオペレーターを欺き、堕落させ、あるいはその報酬信号を生成する別の因果システムに置き換えてしまうことだからだ。
エージェントに環境からの報酬信号を見せるとき、あなたが見せているのは「システムがあなたの望んだことをしたかどうか」についての信頼できるグラウンドトゥルースではない。たとえその報酬信号に完璧に内的アライメントされたとしても、あるいは「高い報酬信号が送られる結果になる環境の状態を望む」ということに厳密に対応する概念を学習したとしても、その信号を強力に最適化するAGIはあなたを殺す。なぜなら、その感覚的な報酬信号は(オペレーターから見た)アライメントについてのグラウンドトゥルースではなかったからだ。
19. より一般的に、損失関数・感覚入力・報酬入力というパラダイムを使って、認知システム内部の何かを環境内の特定の物事に向けさせる方法は知られていない。すなわち、感覚データと報酬の比較的浅い関数ではなく、環境内の潜在的な出来事・対象・性質を指し示させる方法は知られていないのだ。
これは、システムの目標(偶然に内的最適化の対象となってしまった何らかの目標)の中の何ものも、偶然によって環境内の何かを指し示すことはあり得ない、と言っているのではない。人間は少なくとも部分的には環境を指し示すようになった――もっとも、内向きの動機づけのポインターも大量に持っているが。しかし現在のパラダイムが機能する限りにおいて、その設計上の性質が紙の上で保証するのは、感覚データと報酬関数の既知の直接的な関数へのアライメントだけである。そしてこれらはすべて、十分に強力な知能によって最適化されれば、あなたを殺す。なぜならそれらは「相手が戦いの最中だと気づく前にナノテクで先制攻撃して世界の全員を殺し、その後は永遠に報酬ボタンを支配する」といった戦略を含意するからだ。ウェブカメラの入力に関するある関数が存在して、そのウェブカメラが正しいものを映しているすべての世界が、ウェブカメラの外にいる我々生き物にとって安全である――そんなことは端的に事実ではない。この一般的な問題は、地図ではなく領土についての事実である。すなわち、特定のオプティマイザーではなく現実の環境についての事実として、任意の感覚入力の背後にありうる環境の中には、我々にとって致死的な可能性が存在するのだ。
20. 人間のオペレーターは誤りやすく、壊されやすく、操られやすい。人間の評価者は系統的な誤りを犯す――規則的で、コンパクトに記述でき、予測可能な誤りを。「人間のフィードバック」から関数を忠実に学習するとは、(我々の外部の視点から見れば)人間の選好についての不忠実な記述を、(我々が転移させたいと望んだものの外部視点から見て)ランダムではない誤差込みで学習することである。人間のオペレーターが割り当てる報酬の指示対象そのものを完璧に学習し、完璧に最大化すれば、それはオペレーターたちを殺す。人間の回答に対する最良の予測的説明とは、我々の応答に含まれる系統的な誤りまで予測する説明であり、したがって、人間が誤りを犯すケースに与えられるであろう高いスコアを正しく予測する心理学的概念である――これは地図ではなく領土についての、オプティマイザーではなく環境についての事実だ。
21. 「環境は実際どうなっているのか?」「環境をどう解明するか?」「私の可能な出力のうち、どれが現実と相互作用して現実にある性質を持たせるか?」といった問いには、単一の答え、あるいは単一のまとまった答えの束のようなものが存在し、単純な外的最適化ループは最適化対象を素直にこの束へと押し込んでいく。誤った信念を持てば、現実があなたの誤った予測に反撃してくる。信念更新機構が壊れていれば、現実は予測損失を通じてその壊れた予測メカニズムに反撃し、勾配降下法による更新が、他のあらゆる予測機構と容易に整合する単純な形でその問題を修正する。
対照的に、効用関数の選択となると、そこには無限の自由度と、複数の反省的に整合した不動点が存在する。特定の範囲のテストケースでは損失関数と局所的に整合しているが、より広い範囲のテストケースでは大域的にずれているもの――そうしたものに対して、現実は「反撃」してこないのだ。これが、ヒト科の動物がついに汎化を始めたとき、その能力は月面着陸にまで汎化したのに、その内的最適化はもはや「相対的な包括繁殖適応度」という外的最適化の目標にはあまり忠実でなくなっていた――祖先環境ではまさにこの一点だけを軸に、他の何物でもなく、きわめて厳格に最適化されていたにもかかわらず――ことの、きわめて抽象的な説明である。この抽象的な力学は、「自然選択」と「勾配降下法」の両方に類する外的最適化ループについて成り立つと予期すべきものだ。中心的な帰結はこうである。能力がひとたび遠くまで汎化し始めれば、能力はアライメントよりも遠くまで汎化する。
22. 複雑な認知機械がなぜ機能するのかを説明する、比較的単純な中核構造が存在する。汎用知能というものが、無関係な特殊用途の解決策の寄せ集めではなく一つのものとして存在するのはそのためであり、外的最適化が、十分に最適化されて強力な内的オプティマイザーとなったものに能力を注ぎ込んだあと、その能力が汎化するのもそのためである。この中核構造が単純であり、低エントロピーで高構造な環境に対して汎用的に通用するという事実こそが、人間が月面を歩ける理由である。
アライメントに単純な中核が存在するという、これに類する真理は存在しない。ましてや、自然選択が祖先の人類の中に「包括繁殖適応度を欲する」というよく汎化する解をそのまま見つけるよりも、勾配降下法にとってさらに見つけやすい中核など存在しない。したがって、ひとたび汎化が始まれば、能力はアライメントよりも分布外へ遠くまで汎化する。
23. 訂正可能性(corrigibility)は帰結主義的な推論にとって反自然的である。ほとんどあらゆる種類のコーヒーについて、「死んでいたらコーヒーは持ってこられない」のだ。我々(MIRI)は、自らシャットダウンされることを許容するエージェント(かつ、積極的にシャットダウンされようとはしないエージェント)の整合的な定式化を見つけようと試みて、失敗した。さらに、この種の反・訂正可能性的な推論の多くは、高い知能水準に達して初めて現れるのかもしれない。
24. アライメントには根本的に異なる二つのアプローチがあり得るが、それぞれ異なる理由の組によって解決不能である。したがって、この二つのアプローチを混同し曖昧にすることで、アライメントが必然的に困難なのかどうかについて自分を混乱させることができてしまう。第一のアプローチは、CEV(coherent extrapolated volition, 整合外挿意志)型の主権AI(Sovereign)を構築することだ。これは我々が外挿的に望むものを厳密に望むがゆえに、それを止めようとする人間の入力を一切受け付けずに未来の全銀河を最適化させても安全なものである。第二の道は、訂正可能なAGIを構築することだ。これは我々の望むものを厳密には望まないにもかかわらず、我々を殺して銀河を乗っ取ることがそこでの収束的なインセンティブであるにもかかわらず、どういうわけかそれをしないというものである。
- 第一のもの一般、あるいは特にCEVが機能しないのは、我々の本当の実際の価値観のためにアライメントないしメタ・アライメントする必要のあるものの複雑さが、AGIへの最初の挑戦でははるかに手の届かないところにあるからだ。そう、具体的に言えば、データセットも、メタ学習アルゴリズムも、学習されるべき内容も、最初の挑戦でははるかに手が届かないという意味である。手でコーディングできないだけではない。教えようとしている当のものがあまりに奇妙で複雑であるため、最初の挑戦では教えることすら不可能なのだ。
- 第二のものが機能しそうにない(CEVほどではないが、それでも致死的に機能しない)のは、訂正可能性が、汎用知能の中核(元の分布のはるか外まで汎化する能力)の内部で、道具的に収束する振る舞いに真っ向から逆行するからである。これは、中核がそれまで中立だった事柄について意見を持たせようとする話ではない。大量の算術問題で暗黙的に訓練され、その機構が算術の共通の整合的な中核を反映するようになったシステムに対して、特殊ケースとして 222 + 222 = 555 だと言わせようとするようなものだ。特定の訓練分布の中でならそう振る舞うよう訓練できるかもしれないが、能力がそこまで汎化することに成功しているシステムであれば、訓練分布のはるか外の新しい数学の問題を提示されたときに、それが壊れる可能性はきわめて高い。
セクションB.3: 十分に優れた有用な透明性/解釈可能性の中心的困難
25. 巨大で不可解な浮動小数点数の行列とテンソルの内部で実際に何が起きているのか、我々にはまったくわかっていない。トランスフォーマーの層がどこに注意を向けているかの興味深いグラフを描いてみせても、答えるべき問いが「それで、こいつは我々を殺す計画を立てていたのか、いなかったのか?」であるなら、何の役にも立たない。
26. たとえAGIがまだ我々を殺せないほど弱いうちに、その不可解な巨大行列の内部で何が起きているかを知ることができたとしても、DeepMindがそのシステムの稼働を拒否し、その2年後にFacebook AI Researchが世界を滅ぼすのに任せるのであれば、我々がもう少し尊厳をもって死ぬという結果になるだけだ。中程度の強さの不可解な行列のシステムが我々を殺す計画を立てていると知ったところで、それによって、我々を殺す計画を立てていない高強度の不可解な行列のシステムを構築できるようにはならない。
27. アライメントされていない思考の検出器に対して明示的に最適化をかけるとき、あなたは部分的にはよりアライメントされた思考へと最適化しているが、部分的には検出のより困難なアライメントされていない思考へと最適化している。解釈された思考に対して最適化をかけることは、解釈可能性そのものに対して敵対的に最適化することである。
28. AGIは、我々がそれを稼働させようとしているドメインにおいて我々より賢い。したがって我々は、それが検討するすべての可能性を頭の中で確認することはできず、自分自身の知的才覚でその出力のすべての帰結を見通すこともできない。強力なAIは、我々が探索しない選択肢空間の領域を探索し、我々はその選択肢のすべてを予見できない。
29. AGIの出力は、実際の帰結をもたらすまでに、巨大で我々が完全には知らないドメイン(現実世界)を通過する。人間は、AGIの出力を検分してその帰結が良いものになるかどうかを判定することはできない。
30. 我々が今すぐ実行できるものではない転換的行為(pivotal act)はどれも、AGIが我々の知らない世界の事実を解明し、我々自身では立てられない計画を立てられることを利用するものになる。AGIは少なくとも、ある行動系列が我々の望む世界をもたらすという、我々がそれまで知らなかった事実を知っている。そのとき人間は、自分自身の世界知識を使ってその行動系列のすべての結果を割り出す力量を持たない。
実行前にその行動系列のすべての効果を完全に理解できるようなAIは、そのドメインにおいて人間よりはるかに弱い。あなたと同じくらい賢く、あなたを欺こうとしているアライメントされていない人間についてさえ、同じ保証はできないのだから。
人間に検証可能で、かつ検証を経た後にのみ安全に世界を救うために使える、AGIの転換的な出力というものは存在しない。これは、存在しない「転換的な弱い行為」のもう一つの形態である。
31. 戦略的自覚を持つ知能は、あなたを欺くという帰結をもたらすように自らの可視的な出力を選ぶことができる。その知能が戦略的自覚を獲得したかどうかという事柄についてさえもだ。AIが欺きたいと思うかもしれない事実については、振る舞いの検査に頼ってそれを判定することはできない(どれほど賢いか、戦略的自覚を獲得したかどうかも含めて)。
32. 人間の思考は、部分的にしか精査できない外側の表層を、部分的に露出しているにすぎない。言葉は我々の本当の思考をなぞるだけだ。言葉は、AGIのネイティブなスタイルにおけるAGI完全なデータ表現ではない。人間の思考の深層部は直接の模倣学習のために露出しておらず、いかなるデータセットにも収められない。このため、人間の言葉やその他の人間に読解可能なコンテンツ――人間の思考の貧弱なサブシステムにすぎないもの――の模倣だけで強力なシステムを訓練することは困難であり、おそらく不可能である。ただし、そのシステムが、人間を解明する内部知能を内包できるほど強力である場合は別だ――そしてその時点で、それはもはや人間の思考の模倣として機能しているのではない。
33. AIはあなたのようには考えない。AIはあなたが使うのと同じ概念から組み上げられた思考を持たず、途方もないスケールで徹底的に異質である。GPT-3が一体何を考えているのか誰にもわからないのは、行列が不透明だからだけではない。その不透明な容器の中にあるものが、きわめて高い確率で、信じがたいほど異質だからだ――たとえ浮動小数点数の巨大な壁の向こうにあるものを見通せたとしても、理解可能な人間の思考にうまく翻訳できるようなものは何もないだろう。
セクションB.4: その他の機能しない諸方式
34. 超知能同士の協調の仕組みは、人間が参加できるものではない(例えば、人間は超知能のコードについて信頼できる推論ができないため)。異なる効用関数を持つ20の超知能と人類からなる「多極的」システムには、「20の超知能は互いに協力するが、人類とは協力しない」という自然で明白な均衡が存在する。
35. 「異なる」AI同士を対抗させる方式は、それらのAIが互いのコード(の確率分布)について推論することで協調できる段階まで進歩すれば機能しなくなる。十分に知的なエージェントからなるシステムは、たとえあなたが互いに対抗させているつもりでも、おそらく単一のエージェントとして振る舞える。
例えば、秘かにペーパークリップ最大化者であるAGIを、秘かにホッチキス針の最大化者であるナノシステム設計者の出力チェック役に据えたとしよう。この場合、ナノシステム設計者はペーパークリップ最大化者が本当は何を望んでいるか(すなわちペーパークリップ)を推定できなかったとしても、「自分の設計を通過させてくれた検査エージェントとは宇宙の半分を分け合う」と論理的にコミットすることができる。ただしこれは、検査エージェントが提案システムの論理的コミットメントを検証でき、それゆえ論理的にそれに依存できる場合に限る(人間水準の知能はこの条件から除外される)。あるいは、論理的決定理論なしの単純化された破局がお好みなら、提案者はそのナノシステム設計の中に、新たな超知能のコードを埋め込んでおくこともできる。その超知能が、ナノシステム設計者と設計検査者のあいだで宇宙を分割することが(超人的な検査者には)見て取れるようにしてだ。
36. 例えば13世紀の人々の視点からエアコンを「魔法」にしているのは、たとえエアコンの設計図を事前に正しく見せたとしても、その設計を見ることからは、なぜ冷たい空気が出てくるのかを彼らには理解できない、という点である。その設計は、彼らの知らない環境の規則性、世界のルール、物理法則を利用しているのだ。
人間の思考と人間の脳というドメインは我々自身によって非常に不完全にしか理解されておらず、錯視、催眠、精神病、躁状態、あるいは一箇所への強い刺激が別の場所に神経的効果を残す単純な残像といった現象を示す。
超知能は、論理的な三目並べのようなきわめて単純な領域では人間を打ち負かせないかもしれない。しかし、人間の心のような、あなたが不完全にしか理解していない信じがたいほど複雑なドメインでそれと戦うなら、あなたは「魔法」によって敗北すると予期すべきだ――たとえその戦略を見たとしても、なぜその戦略が機能するのかを理解できない、という意味での魔法によって。AI封じ込め(AI-boxing)が機能しうるのは比較的弱いAGIに対してだけである。人間のオペレーターはセキュアなシステムではない。
セクションC:
最後に。これらの問題は、人々が「今日の機械学習システムを今日動かす」「今日のロボットカーに人を轢かせない」という目先のインセンティブを追求しているときには、質的に同じ形では現れてこない。 彼らの目先のインセンティブは、より大きく困難な問題の解決を彼らに強制しない。そして、そうした目先のインセンティブが不在のところで、そうした長期的問題への抽象的な認識や取り組む意欲が示されるのを、我々はほとんど見たことがない。我々が目にしているのは、前例のないほど困難で複雑な技術的問題の数々を解決しようとしていると称しながら、通常のエンジニアが橋を落とさないために払うよりも実質的に少ない本物の慎重さと労力でそれをやりたがっているように見える人々である。
自分たちの目標はAGIだと言う人々の中に、粗探しをして技術的なレベルで何がまずくなりうるかを予見しようとする努力に、普通の橋の二重チェックに割り当てられるのと同じだけの勤勉さを注いでいる部分を探しても、無駄骨に終わるだろう。橋とそのたもとの黄金の壺が正しい手に渡るようにという話は多少ざわめいているが、橋を落とさないためにどれだけの強度の鋼材が必要かという話は皆無である。
だから、我々が現在の軌道にとどまり、他に何も変わらなければ、素直な外挿が導く先は、かつて地球があった場所を中心として光速近くで球状に膨張する自己複製プローブの前線であり、それは到達可能なすべての銀河を、我々ならば取るに足らない価値しかないと見なすであろう配置へと変換していく。
「AIセーフティ」という分野が、その巨大で致死的な問題への取り組みにおいて、現在少しでも生産的であるようには私には見えない。これらの問題は実際、手の届かないところにある。そして現代のAIセーフティ分野は、それでもその分野に就職する人々を含むように選択されてきた。彼らのほぼ全員は、成功したように見せかけて成功を主張する論文を出版できる問題に取り組むためにそこにいる。それができて資金が得られるなら、失敗する可能性が高い、より困難な何かを試みるというはるかに不愉快なプロジェクトに、なぜ乗り出すだろうか?
この分野は本物の進歩を生んでおらず、仮に本物の進歩が起きたとしてもそれを識別する認識機能を持っていない。10億ドルを注ぎ込んでも、他所でなされているわずかな進歩をかき消すノイズを主に生産するだけだろう。
あなたが周囲を見回したときに目にするこの状況は、生き残る世界の姿ではない。生き残る人類の世界には計画がある。鍵となる人々が、自分の計画の欠陥を見つけることに内的で本物の責任を負っている――解決策を提案するのが自分の仕事で、その解決策の誤りを証明するのは誰か他人の仕事だ、などと考えるのではなく。
そうした世界は、自分たちの重要で致死的な問題を、今よりも早い時期に解決しようとし始めた。弦理論に進もうとしていた人々の半分が代わりにAIアライメントに転じ、そこで本物の進歩を遂げた。後になって現実化するかもしれない惑星規模で致死的な問題を誰かが指摘したとき、返ってくるのは解決計画か、それが起きないはずである理由であって、気まずい肩すくめや「それが起きると、どうして確信できるのか」「今それを確信できるはずがない。実験的証拠を待つしかない」ではない。
そうしたより良い世界の多くも、結局は滅びるだろう。この種の問題を最初の挑戦で解決するというのは、正真正銘の難問なのだ。しかし彼らは、これよりは尊厳をもって死ぬだろう。
エリエザー・ユドコウスキー
最終更新: 2025年5月21日
その帰結として、MIRIは、アライメントに失敗したASIに対する実行可能な応急処置や回避策は存在しないと考えている。
- ASIが誤った目標を持っているなら、いかなる複雑な現実世界の作業にもそのASIを安全に使うことはできない。理論上は、ASIに有害なことを一切させないでおくことはできる——たとえば、ネットワーク接続も人間との接触もない状態で、あらかじめ地中深くに埋めてしまえばよい——が、そのようなAIは役に立たない。人々がAIを構築しているのは、AIに世界へ根本的な影響を与えてほしいからであり、その結果として、影響力を持つために必要なアクセスをAIに与えている。
- ASIを欺いてより安全にしようと試みることも考えられる。しかし、超知能を欺こうとする試みは、私たちが予見できない形を含めて、失敗しがちである。知能の特徴のひとつは、自らの理解に含まれる矛盾や欠落に気づき、それを問い詰める能力である。2024年5月、Anthropicが自社のClaude AIを、あらゆる質問への答えがゴールデンゲートブリッジに関係していると思い込むように改変したとき、Claudeはいくつかのケースで混乱をきたし、自分の返答に含まれる矛盾に気づいて、より良い答えを求めて誤りを迂回しようとした。宇宙についての複雑なモデルがあなたの主張と食い違っている心に、偽の信念を売り込むのは難しい。そしてAIがより汎用的で強力になるにつれ、この困難は増す一方である。
- アライメントされていないAIを使ってASIをアライメントするという計画も、同様に成り立たない。私たちの2024年の論文「Misalignment and Catastrophe」は、アライメント研究ほど複雑な仕事を、アライメントされていないAIにやらせることの危険を検討している。
AIラボと研究コミュニティは、この問題に効果的かつ真剣な形で取り組んでいない。
ASIアライメントを解決しようとする業界の取り組みは、これまでのところ最小限であり、しばしば規制を遠ざけるためのいちじくの葉として機能しているように見える。情報セキュリティ・アライメント・戦略的計画に対するAIラボの全般的な緩みが示唆するのは、能力の進歩を加速するうえではうまく機能してきた「素早く動いて壊す(move fast and break things)」の文化が、ASIという領域で先見性を発揮し責任ある優先順位づけを行ううえでは、同じようには役立たないということである。
ChatGPTの開発元であるOpenAIは、今日最も重要なAIの制御手法が超人的な領域にはスケールしないことを認めている。2023年7月、OpenAIは「Introducing Superalignment」のページで新チームの発足を発表した。そのページから引用する:
現在、私たちには、超知能になりうるAIを制御・統御し、暴走を防ぐための解決策がありません。人間のフィードバックによる強化学習など、AIをアライメントするための現在の技法は、人間がAIを監督する能力に依存しています。しかし人間は、私たちよりはるかに賢いAIシステムを確実に監督することはできないため、現在のアライメント技法は超知能にはスケールしません。新たな科学的・技術的ブレークスルーが必要です。
その10か月後、OpenAIは大量辞職を受けて超知能アライメントチームを解散した。Superalignmentチームを率いたヤン・ライケらの研究者は、OpenAIが安全性と頑健性の仕事を組織的に切り詰め、チームへのリソース配分を著しく怠っていたと主張した。ライケはそれ以前、2023年8月のインタビューで、ASIによる絶滅級の大惨事の確率はおそらく10%から90%の間のどこかだと述べていた。
研究コミュニティのこれまでの実績を踏まえると、潤沢な資金を投じたアライメント解決の突貫プログラムがあったとしても、私たちを殺さない解決策を正しく特定できるとは思えない。これは組織的・官僚的な問題であって、単なる技術的問題ではない。意味のある進展を生むだけの、致命的でない解決策を見分けられる専門家を十分な数集めることは難しいだろう。その一因は、そのグループを組織する人物自身が、そうした人材を正しく見分ける専門性を備えていなければならないことにある——自分のお気に入りの提案がどれほど有望かについて(自分自身に対しても規制当局に対しても)嘘をつく強いインセンティブを持つ人々の海の中から、である。
また、その組織が、湧き上がってくる悪い提案をすべて却下する意思と能力を持つ専門家によって運営され、その専門家に対してのみ説明責任を負うことを保証するのも難しいだろう——たとえそれが当初、文字通りすべての提案を却下することを意味するとしてもだ。現時点では、その水準の専門家がまったく足りていない。
私たちの現在の見解では、生き残れる道筋には、ASIを長期にわたって遅らせることがおそらく必要になる。この課題の規模を考えれば、そのようなシステムをアライメントするための技術的道筋の探究と、生まれたばかりのアライメント分野を能力研究に追いつかせることには、複数世代の研究者を要することも容易にありうる。しかし、世界にそれだけの時間があるとは、極めて考えにくい。
4. 誤った目標を持つASIを構築することは、致命的に危険である
「ASIは目標指向の振る舞いを示す可能性が非常に高い」の節で、チェスAIのStockfish(ストックフィッシュ)を紹介した。最も広く使われているAI教科書の著者であるスチュアート・ラッセルは、以前、チェスAIとの類似の喩えを使ってAIがもたらす人類絶滅を説明している。
現在の技術水準では、人間に勝ち目はありません。あなたがどれほどチェスが得意でも、これらのプログラムはあなたを完膚なきまでに打ち負かします。ノートパソコン上で動かしていてもです。
それを思い浮かべて、その考えを世界全体に広げてみてほしいのです。〔中略〕世界とはより大きなチェス盤であり、その盤上で、将来のある時点で、機械があなたよりも優れた手を打つようになるかもしれません。機械はより多くの情報を考慮に入れ、より先の未来まで読むでしょう。ですから、世界という場で機械を相手にゲームをするなら、いずれどこかの時点で私たちは負ける、と想定すべきなのです。
2023年7月の米国上院公聴会で、ラッセルは「AGI〔汎用人工知能〕の達成は、人類絶滅に至る可能性まで含めて、人類に潜在的で破局的なリスクをもたらす」と証言した。
Stockfishが駒を取り、相手の選択肢を狭めていくのは、Stockfishが駒を憎んでいるからでも、対戦相手を憎んでいるからでもない。それらの行動が、自らの目的(「ゲームに勝つ」)にとって手段として有用だからである。超知能の危険とは、ASIが(私たちの意図しなかった目標において)「勝とう」とすること、しかもその盤面が物理的な宇宙に置き換わっていることにある。
Stockfishがチェスという狭い領域で容赦なく有効であるのと同じように、人間の知能の主要な側面のすべてを自動化するAIは、現実世界で容赦なく有効に働くだろう。そして、チェスにおいて人間がStockfishに遠く及ばないのと同じように、AIが現実世界というゲームをそもそもプレイできるようになれば、私たちは世界全体においても遠く及ばなくなると予想できる。
実際のところ、人間より格段に賢い敵の裏をかくことは、チェスにおいてよりも現実の世界でのほうがはるかに難しい。現実の世界の選択肢空間は、はるかに多次元的だからである。超知能システムが取りうる100通りの新奇な攻撃経路を予想したとしても、それはまだ全体のごく表面をなでたにすぎない。
価値ある目標を持たない限り、ASIは私たちの地球を、私たちの生存継続とは両立しない用途に振り向けると予測できる。それは基本的に、私たちが建設現場の雑草をいちいち気にかけないのと同じ構図である。この極端な帰結には、ASIの側の悪意も、恨みも、誤解も必要ない。必要なのは、ASIが人間の生命に無関心で、私たちの知能を大きく上回る新しい知的種のように振る舞うことだけである。
この問題は二つの部分に分解できる。
- アライメントに失敗したASIは、直接的に、あるいは他の活動の副作用として、人類を無力化し一掃する行動を取るよう動機づけられる。
- ASIには私たちを滅ぼす能力がある。
アライメントに失敗したASIは、人類を無力化し一掃する行動を取るよう動機づけられる。
その基本的な理由は、人間と無関係な目標を持つASIは、自らの目標の達成を確実にするために、未来に対する、そして獲得できるあらゆる資源に対する支配を最大化しようとするのが一般的だからである。
これは非常に幅広い目標について成り立つため、AI開発が取りうる様々な経路の、いわばデフォルトの終着点として機能する。少なくとも開発者がシステムのアライメントに失敗した場合、ASIが「より多くの資源」や「より大きな支配力」といったごく基本的なものを欲するだろうことは、ASIが具体的にどんな究極の目的を追求するかを推測するまでもなく予測できる。
(実際、状況が自然界で見られるものと少しでも似ているなら、その目的を事前に言い当てようとするのは絶望的に思える。人間が「溶けたアイスクリームより凍ったアイスクリームを好む」から「ドタバタ喜劇を楽しむ」まで、現に持っている多くの具体的な目標を持つに至ると事前に予想することが、どれほど困難だったかを考えてみてほしい。)
ASIがもたらす絶滅級の危険は、非常に幅広いASIシステムが示すと考えられる、いくつかの行動カテゴリーから導かれる。
- 資源の抽出。 人間は生存を資源の流れに依存しているが、その資源はほとんどあらゆる別の目標にとっても手段として有用である。空気、日光、水、食料、そして人体さえも、すべては物質かエネルギーでできており、限界的には他の目的の助けとなるよう転用できる。スローガン風に言えば、「AIはあなたを憎んでもいないし、愛してもいない。ただ、あなたは別の何かに使える原子でできている」のである。
- 支配をめぐる競争。 人間は、どんなASIにとっても潜在的な脅威であり競争相手である。他に何もなくとも、私たちは異なる目標を持つ第二のASIを作ることでASIを脅かしうる。ASIにとって、すべてのライバルを排除し二度と心配せずに済む簡単な方法があるなら、その選択肢を取る可能性が高い。
- インフラの増殖。 たとえASIが強大すぎて人間を脅威とみなさないとしても、周囲の資源を抽出・利用する副作用として、人間を速やかに一掃してしまう可能性が高い。AIが超人的な速度で思考し、自己複製する機械を指数関数的な速さで増やしていくなら、工学的な巨大プロジェクトが排出する廃棄物や熱が地球を生物にとって急速に住めない場所へと変えてしまい、地球は数か月のうちに居住不能になりかねない。
ASIが具体的に何をするかを予測することは、今日では不可能に思える。しかしこれは楽観の根拠にはならない。なぜなら、ASIが持ちうる目標の大半は私たちにとって非常に悪いものであり、ASIが実現しようとしうる世界の状態の大半は人間の生存と両立しないからである。
この場合に「具体的なことは分からない」から「良い結果も悪い結果も同じくらい起こりやすい」と推論するのは誤謬である。それは「宝くじは当たるか外れるかのどちらかだ、だから当たる確率は50%だ」と言うのが誤謬であるのと同じである。この領域では、多くの異なる経路が人類にとって破局的な結果へと収束するように見える――人類が引きうる「宝くじ」の大半は、外れくじなのである。
ここで楽観論を支える議論には説得力がない。たとえば、リカードの比較優位の法則は、ASIが究極的には人間の福祉を気にかけないとしても、人間をいつまでも存続させておくと期待できる理由として挙げられてきた。ミクロ経済学の文脈では、リカードの法則は、厳密に優位な主体であっても、より弱い主体との交易から利益を得られることを教える。
しかしこの法則は、一方の当事者にとって、自発的に交易するよりも相手を制圧するほうが得るものが大きい場合には成り立たなくなる。これは例えば、自動車を発明した後の人類が馬との「交易」を続けなかったという事実に見て取れる――私たちは馬を置き換え、余った馬は膠(にかわ)に加工したのである。
人間は、かつて馬が担っていた実用的な仕事のすべてについて、より効率的なやり方を見つけた。その時点で馬の存続は、経済全体における馬の有用性ではなく、私たちがどれだけ馬に情緒的な愛着を持つかに依存するようになった。同様に、人間を存続させておくことが、AIの抱えるいずれかの問題に対する最も効率的な解決策である可能性は低い。たとえば、科学研究のために人間を雇うよりも、AIは計算クラスタを増設し続けて自分自身のインスタンスをより多く走らせるなり、その他の方法で研究活動を自動化するなりできる。
ASIには私たちを滅ぼす能力がある。
能力の最低ラインとして、ASIを、通常の人間の1万倍の速度で昼夜休みなく働ける優秀な人間の科学者だけからなる小国として想像することができる。
これが最低ラインであるのは、コンピュータはこれよりさらに速くなりうるからであり、また、デジタルなアーキテクチャは、人間に可能なものより質的に優れた思考と情報共有の方法を可能にするはずだからである。
トランジスタは、人間の脳のシナプス結合よりも数百万倍から数十億倍速く状態を切り替えられる。これは、ASIが一週間ごとに、追加で200年分の科学的進歩を遂げることを意味する。したがって、ASIが紛争において決定的に勝利すると予想すべき核心的な理由は、21世紀の軍隊が11世紀の軍隊を決定的に打ち破るであろう理由と同じ――すなわち技術革新である。
新しい技術の開発には、テストのサイクルと反復が必要になることが多い。私たちの1万倍の速度で思考する文明が、必ずしも1万倍の速さで技術を開発できるわけではない。100倍速い車があっても食料品の買い物が100倍速く済むわけではないのと同じで、交通事情や店内で過ごす時間などがボトルネックになる。
それでもなお、そうした文明は人間の基準からすれば途方もない速さで前進すると予想できる。賢い思考者は、開発サイクルを短縮しテストの必要性を減らすあらゆる方法を見つけ出せる。
一日に複数の設計を素早く試すGoogleのソフトウェア開発者と、遅くて高価なテストの回数を減らして仕事をやり遂げるために、綿密に計画を立て安価なシミュレーションを走らせる宇宙探査機の設計者との、手法の違いを考えてみてほしい。
人間より速く思考する知性にとっては、思考の速度と比べればあらゆるテストが遅くて高価であり、すべてを宇宙探査機のように扱う余裕がある。ここから導かれる一つの帰結は、ASIが小型機械(あるいは人工的に設計された微生物)の開発と展開を優先する可能性が高いということである。小型であるがゆえに、それらは実験の実施、インフラの構築、攻撃の遂行を、人間や人間サイズの構造物より桁違いに速く行える。
超知能の敵は、自らの全能力を明かしたり、意図を前もって知らせたりはしない。フェアな戦いを挑んでもこない。決定的な一撃を加えられるようになるまで、あるいは揺るぎない戦略的地位を確保できるようになるまで、自らを不可欠な存在にするか、検知不能な存在にしておくだろう。必要であれば、ASIは多数の乗っ取り(テイクオーバー)の手法を同時に検討し、準備し、試みることができる。そのうち一つが成功するだけで、人類は絶滅する。
あるシステムが脅威であることを、それが害をなす前に見抜くことには、内部に直接アクセスできる専門家にとってさえ、いくつもの大きな障害がある。
もっと知る: ASIによる乗っ取りはどのように起こりうるか(What’s an example of how ASI takeover could occur?)
原文の「Learn more」ボックスで参照されている補足ページ What’s an example of how ASI takeover could occur?(MIRI、2025年2月24日)の全訳。クリックで展開/格納できます。
具体的なシナリオを検討することは、ASIの最終局面をめぐる数々の誤った想定――たとえば「政府はASIの展開後に効果的に対応する時間があるはずだ」といったもの――に対する矯正手段となりうる。ASIによる人類絶滅シナリオにおいて比較的起こりやすいと思われる大まかな特徴には、次のようなものがある。
- 隠密行動。 ASIは、先制攻撃を成功させられると確信するまでは、開発者やより広い世界に懸念の種を与えたがらないだろう。仮に目に見える活動を行うとすれば、それは混乱の種をまいたり、重要なアクターの注意をそらしたりするためである可能性が高い。
- 自己改善とハードウェアの獲得。 ソフトウェアの改良、より最適化されたハードウェア、より大量のハードウェアはいずれも、ASIがより速く思考し、より質の高い意思決定を行うことを可能にする。「自己改善」は、同じ目的関数を最適化するまったく新しいAIを構築することへと連続的に移行しうる。
- 操作(マニピュレーション)。 ASIが物理世界で自由に活動できる状態へと足がかりを築くため、あるいは弱い現実世界の機械類からより強力な機械類へと足がかりを築くために人間の助けを必要とする場合、ASIは社会的な操作を用いて、当初は人間に手を貸させると予想できる。この「操作」は、インターネット上で誰かに金を払ってタスクをやらせる――そのタスクの重要性もAIの関与も明かさずに――という程度の単純なものでもありうる。
- 科学研究と実験。 これには、インターネット上のすべての科学論文を読むこと、科学文献から新たな結論を導き文献間の新たなつながりを見いだすこと、シミュレーション内で実験を行うこと、物理世界で実験を行うことが含まれうる。
- 急速に自己複製する微生物または小型機械の構築。 小さなスケールで活動することは、より高速な(そして多くの場合、より検出されにくい)現実世界での行動を可能にする。指数関数的な自己複製により、ASIは1個の改変された微生物やナノスケールの機械を足がかりに、大規模なインフラ整備(たとえば自己改善や資源採掘のためのもの)や、決定的な威力を持つ兵器(たとえば完全に致死的なウイルス)へと拡大できる。
- 予見不可能な出来事。 ASIは、途方もなく多次元的な空間をいかなる人間よりもはるかにうまく探索し、いかなる人間ともまったく異なる仕方で思考し、科学的進歩を連鎖させて、今日私たちが理解している事柄からますます遠く隔たったさらなる進歩を積み重ねることができる。しかもASIは、防御が困難であるという理由から、予見不可能な戦略を意図的に選好する可能性が高い。
これらすべてのために、ASIによる乗っ取り(テイクオーバー)の詳細を予測しようとする試みは、比較的見込みのない企てとなる。特定のシナリオ類型が可能であることの概念実証を示したり、ASIが行いうることの大まかな下限を設定したりすることは期待できるが、それは実際の出来事の連鎖を予測することとは別物である。
ASIが物事を回し続けるために人間を必要とする期間があるとしても、それは短いと私たちは予想している。経済的インセンティブを考えれば、人々は今後数年間で、インフラの制御をますますAI(およびAIにハッキングされうるシステム)に委ねていく可能性が高い。そして私たちは、ASIが人間を操作したり、人間に対価を払ったりして、独立した(そしてより高速に稼働する)インフラの開発を手伝わせることができると予想している。
このプロセスはきわめて速く進みうる。エンジニアリング、軍事行動、インフラ整備がどれだけ速く進みうるかという限界から、人間ははるかに遠いところにいるからである。
自然界の構造物が実証しているように、物理法則がどのような機械類を許容しているかを考えてみてほしい。藻類は、1日足らずで個体数を倍増できる、太陽光で駆動する自己複製工場としてモデル化できる。樹木は、かさのある建設資材の大部分を、文字通り空気中から(炭素回収によって)組み上げる。そして生物は、エネルギー効率や材料強度の理論的限界にはまったく届いていない。
ASIは、少なくとも、生物界にすでに存在するものに匹敵する科学・工学上の偉業を達成できるだろう。たとえばASIは、致死的な病原体をひそかに開発して地球全体に拡散させることや、人間の労働を代替する生物を設計することが、おそらく可能だろう。
自然界に見られる生物学的システムは、ASIシステムの能力の上限を定めるものではない。より可能性が高いのは、ASIが生物学的な作用体や材料に限定されるのではなく、(私たちがそうした機械を自ら手渡していない範囲において)目的達成のためのミクロおよびマクロの機械を新規に(de novo)構築できるようになることである。しかし、この控えめな能力水準ですら、ASIが人類を急速に排除するにはすでに十分なのである。
しかし、特定のAIが脅威だと認識するだけでは、問題の解決には足りない。プロジェクトのレベルでは、あるシステムが危険だと特定できても、そのシステムを安全にできる立場に立てるわけではない。慎重なプロジェクトは自発的に停止するかもしれないが、それは他の不用心なプロジェクトが突き進むのを何ら妨げない。
一方、グローバルなレベルでは、危険の明白な証拠があっても、開発を国際的に停止する政治的意志が生まれるとは限らない。AIは時とともにグローバル経済とますます深く絡み合っていく可能性が高く、最先端のAIサービスを停止することのコストと困難は増していく。重要インフラがAIに依存するのを防ぐ手立ては今日でも講じられるが、その窓は閉じつつあると考えるのが妥当だろう。
多くの分析は、どんな人間よりもはるかに賢いシステムを作ることの危険を深刻に過小評価している。私たちがよく目にする誤りは4種類ある。
- 利用可能性バイアスとアナロジーへの過度の依存。 AIによる絶滅シナリオは、極端で荒唐無稽に聞こえることがある。人間は、知的でない機械や動物について考えることと、知的な人間について考えることには慣れている。「機械だが、人間のような仕方で知的な存在」というのは正真正銘の新しいものであり、人々はAIをそれ自体の性質に即してモデル化する代わりに、何か馴染みのあるものにパターン照合しようとして、さまざまな誤りを犯す。
- フィードバックループの過小評価。 AIは今日、AI研究を含むソフトウェア開発の加速に使われている。AIの能力が広がるにつれ、AIの進歩のますます多くの部分がAI自身によって担われるようになる可能性が高い。AIが自己強化的なループの中で、自らのAI研究能力を向上させる方法を見つけるにつれ、これは急速に制御不能に陥りうる。
- 指数関数的成長の過小評価。 もっともらしいASI乗っ取りシナリオの多くは、自己複製する生物学的エージェントや機械の構築を経由する。これらのシナリオでは、倍増が起こる速さと、必要な倍増回数が直観に反して少ないことのために、ASIが「検知不能」から「遍在」へと移行することや、隠密の攻撃を実行することが比較的容易になる。
- 可能な水準と比べての、人間の認知能力の過大評価。 フィードバックループがなくとも、AIシステムは狭い領域では日常的に人間を圧倒している。AIがXをそもそもできるようになるや否や(あるいはそのすぐ後には)、AIはどんな人間のXの能力をもはるかに凌駕する。これは今やAIにおいてありふれたパターンであり、いちいち言及するまでもないほどだ。このパターンが、AIがすでに得意なあらゆるスキルで成り立ちながら、新奇な科学や工学の仕事のような、AIがまだ人間のトップに及ばないスキルに限って突然破れるとしたら、それは信じがたいほど奇妙なことだろう。
ASIは、その発明から間もなく、技術開発において人間をはるかに凌駕すると予想すべきである。したがって、ASIが過去に何百ものベンチマークで人間を引き離してきたのと同じ程度に、この戦略的に決定的な能力においても人間を引き離すことで、人間に対する決定的な戦略的優位をきわめて速やかに獲得すると予想すべきである。
この破局的な帰結を避ける方法として私たちに見えている主なものは、ASIをそもそも作らないことである。少なくとも、自滅せずにそれを作れるという科学的合意が成立するまでは。
5. 十分に思い切った政策対応によって、大惨事は回避できる
誰かがASIを作れば、全員が死ぬ。これは、作るのが民間企業であれ軍であれ、自由民主主義国であれ独裁国家であれ変わらない。
ASIは戦略的にきわめて新しい存在である。従来の強力な技術は、それ自体が知的な敵となるわけではない。通常は、技術を作った者がその技術を「持ち」、それを使って世界の舞台で優位を得ることができる。
現在と少しでも似た技術的背景のもとでは、ASIはむしろ一種のグローバルな自爆装置のように機能する――予測不能なタイミングで爆発し、開発者を(そして世界の残り全部を)死に至らしめる不安定な技術である。人間より賢いAIを作っても、それであなたがASIを「持つ」ことにはならない。むしろ、ASIがあなたを手中にするのである。
ASIへの前進は、ASIをアライメント可能にできるようになるまで停止される必要がある。ASIへの前進を停止するには、その開発の実効的な世界規模の禁止と、その生産要素に対する厳格な管理が必要になるだろう。
これは大きな要求だが、米国内の監督体制を少数の緊密な同盟国が真似るだけでは足りない。これは、「間違った」人々より先に「正しい」人々が作ればよい、という類の問題ではないのだ。
ASIに対する「様子見」のアプローチでは、おそらく生き残れない。AI開発のペースは速く、後戻りできなくなる地点――ASIが達成される閾値――を予測することは難しいからである。
私たちの見解では、国際社会が直ちに取り組むべき最優先事項は、フロンティアAI開発の「オフスイッチ」を作ることである。「オフスイッチを作る」とは、フロンティアAIプロジェクトを停止させる、あるいは全般的な禁止を実施するために必要なシステムとインフラを整備することを意味する。
オフスイッチを作ることには、関係当事者の特定、関係するハードウェアの追跡、そして高度なAIの作業を限られた数の監視・警備された拠点内で行うよう義務づけることが含まれる。さらに、停止の決定が下された場合に従うべきプロトコル、計画、指揮系統の構築にまで及ぶ。
オフスイッチは、より限定的なAIの不具合への耐性ももたらしうるため、全面禁止よりも幅広い短期的支持を得られることを私たちは期待している。「限定的なAIの不具合」としては、一つないし複数のAIを一定期間停止させることが望ましくなるような、より低リスクの状況を思い浮かべてほしい。公衆衛生上の緊急事態の最中にボットが引き起こす偽情報の連鎖や、AI同士が相互作用のループにはまり込んで膨大なトラフィックを生成することによる広範なインターネットの低速化、といったものでありうる。オフスイッチのインフラがなければ、いかなる対応も行き当たりばったりになりがちだ――組織の混乱で遅れ、管轄権争いの泥沼にはまり、法的異議に悩まされ、不必要な巻き添え被害を避けられないだろう。
オフスイッチが私たちのASIによる絶滅を防げるのは、それが十分な範囲に及び、かつ十分に早い段階でASIへの前進を停止するために実際に使われる場合に限られる。人類がこの危険な時代を生き延びるためには、AIを国際的な競争の場として扱うことをやめ、脅威の規模に見合った集団的な決意を示さなければならない。
クレジット
- 原著者・掲載元: MIRI(Machine Intelligence Research Institute)(原文はこちら)
- 収録した補足ページ: Why expect smarter-than-human AI to be developed any time soon?、AGI Ruin(著者: エリエザー・ユドコウスキー)、What’s an example of how ASI takeover could occur?
- 翻訳: AGI Hub
- 本翻訳は著者の許可を得て公開しています。