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L・スプレイグ・ディ・キャンプのファンタジー小説『不完全な魔法使い』(後に続く数多くの模倣作の型を作った作品)では、主人公ハロルド・シェイが私たちの宇宙から北欧神話の宇宙へ運ばれる。1 そこは技術ではなく魔法に基づく世界である。だから当然、我らが主人公が地球から持ってきたマッチで火をつけようとしても、マッチは点火しない。
ただのファンタジー小説だということは分かっている。だが……何と言えばよいのか……
違う。
18世紀後半、アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエは火を発見した。「何だって?」とあなたは言う。「火の使用は何十万年も前まで遡るのでは?」確かに、人々は火を使っていた。熱く、明るく、どことなくオレンジ色で、物を料理するのに使えた。だが、それがどう働くかは誰も知らなかった。古代ギリシャと中世の錬金術師は、火を基本的なもの、四元素の一つだと考えた。ラヴォアジエの時代までに錬金術のパラダイムは徐々に修正され、ひどく複雑になっていたが、それでも火は「フロギストン」という形で基本的なものとされていた。フロギストンとは、火のみならず錬金術のあらゆる現象を説明するとされた、かなり謎めいた物質である。
ラヴォアジエの偉大な革新は、化学反応の前と後で、化学というパズルのすべてのピースを量ったことだった。それまでは、化学的変成の中には物質全体の重量を変えるものがあると考えられていた。細かく砕いたアンチモンに燃焼鏡で集めた日光を当てると、1時間後には灰になり、その灰は元のアンチモンより10分の1重くなる――燃焼時に濃い白煙が失われたにもかかわらず、である。ラヴォアジエは、反応が起きる空気も含め、そのような反応のすべての構成要素を量り、物質は創造も破壊もされないことを発見した。燃焼後の灰が重くなれば、それに対応して空気が軽くなっていた。
ラヴォアジエは気体を分離する方法も知っており、燃えるろうそくが、ある種類の気体である生命の空気を減らし、別の気体である固定空気を生み出すことを発見した。今日ならそれぞれ酸素、二酸化炭素と呼ぶ。生命の空気が尽きると、火は消えた。燃焼は生命の空気を固定空気へ、燃料を灰へ変え、その変化を続けられるかどうかは利用可能な生命の空気の量に制約される――そう推測できたかもしれない。
ラヴォアジエの提案は、当時主流だったフロギストン説と真っ向から矛盾した。それだけでも十分に衝撃的だっただろう。だがさらに、明らかになったことがある……
この先に来るものの意味を理解するには、自分を18世紀の思考様式に置かなければならない。発見が1953年にすぎないDNAのことは忘れよう。生物学の細胞説が定式化されたのは1839年だから、それも忘れよう。自分の手を見て、指を曲げ……それがどう働くのかまったく分からないところを想像してほしい。筋肉と骨の解剖学は知られていたが、「何がそれを動かすのか」――似た形にこねた粘土はじっとしているのに、なぜ筋肉は動いて曲がるのか――については、誰にも見当がつかなかった。自分自身の身体が、謎めいて理解不能などろどろした物質でできていると想像してほしい。そして、次のことを発見した場面を想像してほしい……
……人間も呼吸の過程で生命の空気を消費し、固定空気を吐き出していた。人もまた燃焼で動いていたのだ! ラヴォアジエは、動物(そして助手のセガン)が運動したときに生み出す熱量、消費する生命の空気の量、吐き出す固定空気の量を測った。動物がより多くの熱を生み出すと、より多くの生命の空気を消費し、より多くの固定空気を吐き出した。人は火と同じく燃料と酸素を消費し、火と同じく熱と二酸化炭素を生み出した。酸素か燃料を奪えば、その灯は消える。
マッチに火がつくのはリンのおかげである――「安全マッチ」では発火面にリンがあり、どこででも擦れるマッチでは頭薬にリンがある。リンは反応性が非常に高い。純粋なリンは暗闇で光り、自然発火することもある。(1669年にリンを精製したヘニング・ブラントは、元素としての火を発見したと発表した。)したがってリンは、体が化学エネルギーを蓄える主な手段であるアデノシン三リン酸、ATPにおける役割にもよく適している。ATPは「分子の通貨」と呼ばれることがある。筋肉に活力を与え、ニューロンを充電する。生物学における代謝反応のほぼすべてがATPに、ゆえにリンの化学的性質に依存している。
マッチが働かなくなれば、あなたも働かなくなる。一つだけを変えることはできない。
表層的な規則である「マッチは擦ると火がつく」と「人間が呼吸するには空気が必要だ」は、一見すると結びついていない。そのつながりを発見するには何世紀もかかったし、発見された後でさえ、学校で習う遠い事実、少数の専門家だけに関係する事実に思える。片方の表層的な規則は成り立つが、もう片方は成り立たない世界を想像すること、一方の信念への確信度だけを抑えて他方はそのままにすることは、あまりにも容易である。しかし、それは想像であって現実ではない。収納しやすいよう地図が四つに折れるからといって、領土もつながりのない部分に分断されているわけではない。私たちの心は異なる表層的規則を異なる区画に保存するが、それは自然を支配する法則が分断されていることを反映してはいない。
この教訓はさらに先へ進められる。リンの振る舞いは、電気力学と色力学という、さらに深い法則に由来する。「リン」とは、ある特定の仕方で配列された電子とクォークを指す私たちの言葉にすぎない。電子とクォークを支配する法則を変えずに、リンの化学的性質を変えることはできない。
マッチに火がつかない世界へ足を踏み入れたなら、あなたは組織化された物質として存在するのをやめるだろう。
現実は、人間が信じたがるよりもはるかに緊密に編み合わされている。
Lyon Sprague de Camp and Fletcher Pratt, The Incomplete Enchanter (New York: Henry Holt & Company, 1941). ↩︎